市民活動は考えていない。平和に穏やかに暮らしたい―。
東日本成人矯正医療センター(東京都昭島市)に服役中の「魔女」は、出所を前に関係者にこう心境を語ったという。
彼女の名は重信房子(76)。
1970年代、「世界同時革命」を目指し数々の国際テロを起こしたとされる「日本赤軍」で最高幹部を務め、国内潜伏中の2000年に逮捕された。
常人離れした人心掌握術を目の当たりにした仲間たちがつけた異名が魔女だった。
5月28日、懲役20年の刑期満了を迎える。今後の動向に注目が集まる中、獄中でつづった今の気持ちや出所を待つ支援者らの思いを探った。(敬称略)(共同通信=黒木和磨、深江友樹)

今春、一部支援者に届いた手紙には、小さな縦書きの文字でこう記されていた。「出所後は謝罪と感謝とリハビリと斗病(闘病)で一杯のようです」「過ちもありながら思い通りに生き斗い(闘い)得たこと、幸せな生き方だったと思っています」

手紙には短歌もずらり。71年に中東に渡った当時や、前身組織・赤軍派時代に一緒だったメンバーが結成した「連合赤軍」のあさま山荘事件(1972年)を回顧した歌もあった。

「雪山に倒れし友らの半世紀愚か者の革命哀しみ深し」(2月15日)

「日本発ちて五十一年目の獄窓から壊れつつある世界を見つめる」(2月28日)

獄中から短歌や手記を支援誌「オリーブの樹」に寄稿し続けてきた。「抜群の記憶力で日記のように歌を詠む」と明かすのは代理人弁護士の大谷恭子(72)。重信は手紙で、作歌は「監視と規制に縛られた環境の中で、格子を越えて世界と自分に自由に巡り合うことのできる時間」だったと明かしている。

重信はオランダのフランス大使館が武装占拠された74年のハーグ事件に関与した疑いで大阪府警に逮捕された。殺人未遂などの罪に問われた裁判では一貫して無罪を主張したが、2010年、実行役との共謀を認めた有罪判決が確定した。がんを患い服役中に複数回の手術を経験し、現在は東日本成人矯正医療センターに収容されている。手紙では「パレスチナ、アラブ社会の活動の苦しいいくつもの経験に較べ(比べ)たら、病気も悲観することもありません」「体力、知力は劣化を感じていますが、好奇心もって楽しく生き続けようと思っています」と心情を吐露している。

逮捕翌年の01年、獄中で日本赤軍の解散を表明したが、今もメンバー7人が国際手配されている。警視庁は今年2月、情報提供を呼びかける動画を公開し「事件はまだ終わっていません」とのナレーションも加えた。

日本赤軍の「魔女」5月28日に20年の刑期満了、ついに出所
https://news.yahoo.co.jp/articles/a36cc55b49c4ba660c874100635a2c6f4d6979df