今回、ホオジロザメの惨殺と逃避が確認されたのは、南アフリカ・西ケープ州にあるガンズバイ(Gansbaai)沿岸の海域です。
ガンスバイ沿岸は、ホオジロザメに出会える場所として有名で、世界中から観光客が訪れ、ケージ・ダイビング(檻に入ってサメを間近で観察する行為)が行われてきました。
しかし2015年頃、2頭のシャチが同海域にやって来たことで、ホオジロザメの楽園は終わりを告げます。

シャチがサメやクジラを襲撃することは周知の事実ですが、この2頭の殺しのテクニックは群を抜いていました。
彼らが来て以降、ガンズバイの浜辺に、ホオジロザメの無残な死体がたびたび打ち上げられるようになったのです。
そこで、Dyer Island Conservation Trustの研究チームが追跡調査したところ、2017年から約5年半の間に、少なくとも8頭のホオジロザメが、この殺し屋コンビによって惨殺されたことがわかりました。
シャチに殺されたサメの死体は非常に特徴的な損壊が見られるため、判別は容易だといいます

さらに、目撃情報とサメへのタグ付けデータを調べた結果、14匹のホオジロザメが、ガンズバイ沿岸から長期にわたり逃避したことが明らかになっています。
研究チームによると「シャチによる襲撃の確認後、個々のホオジロザメは数週間から数カ月間、ガンズバイを離れて戻ってこなかった」と話します。
これは異例の長さで、シャチの襲撃以前で、ホオジロザメが姿を消したのは、2007年の1週間と2016年の3週間のわずか2回のみです。
このことから、ガンズバイのホオジロザメは明らかにシャチを恐れて、安全な場所に逃げているものと考えられます。

当の2頭のシャチの体には、歴戦の傷跡が刻まれており、すぐに見分けがつくという。
最大の特徴は、うち1頭の背びれが右側に曲がり、もう1頭の背びれが左側に曲がっていることです。
そのことから地元民は、この2匹のシャチを「スターボード(Starboard=右舷)」と「ポート(Port=左舷)」の愛称で呼んでいます。
スターボードとポートは、特にホオジロザメの肝臓部分を狙っているらしく、死体のほとんどは、首元から腹部がバックリと噛みちぎられています。
サメは基本的に脂肪肝であり、この脂肪を浮き袋代わりにもしています。そして、その脂肪豊富なサメの肝臓は、グルメなシャチにとってご馳走なのです。

今回の研究報告は、単に「ガンズバイのホオジロザメが減った」というだけで済む話ではありません。
研究主任のアリソン・タウナー(Alison Towner)氏は、次のように指摘します。
「生態系はバランスが重要です。たとえば、ホオジロザメがいなくなったことで、その獲物であるミナミアフリカオットセイの行動が制限されなくなり、絶滅の危機に瀕しているケープペンギンを捕食する機会が増えてしまいます。
まだ仮説の段階ですが、シャチがホオジロザメを減少させることの影響は、予想以上に、生態系の広範囲にまで及んでいると考えられるのです」
地元民の話でも、近年、現地で目視できるホオジロザメの数は明らかに減っているという。
タウナー氏は「ホオジロザメは成長速度が遅く、成熟するまでの期間が長いため、個体数の急速な減少は、種の存続にも悪影響を及ぼす危険性がある」と指摘します。
https://nazology.net/archives/111364
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