https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20230630-00356016

間もなく7・26というタイミングで発表された相模原障害者殺傷事件を素材にした宮沢りえ主演映画『月』

あの事件のあった7・26を前に正式発表

 6月30日、問題作といえる劇映画『月』が10月13日に公開されることが正式に発表された。私が初号試写を観たのはかなり前で、その後なかなか正式発表がないので、大丈夫なのかと心配していたが、ようやく発表となってとりあえずほっとした。

 この映画は原作が辺見庸さんの小説『月』で、相模原障害者殺傷事件をテーマにしたものだ。もっとも映画は、辺見さんの『月』とは全く別の作品だ。製作・配給はスターサンズだが、スターサンズの大ヒット映画『新聞記者』も、原作の東京新聞・望月衣塑子さんの本とはかなりというか全く異なる作品になっていた。

 この映画については紆余曲折がいろいろあってそれも私が心配した一因なのだが、そもそも製作側の強い意思がないと発表できない作品だ。最初に企画したのはスターサンズの河村光庸前社長で、様々なタブーに挑んだ作品をこの何年か立て続けに作っていった河村さんらしい取り組みだ。そして河村さんは昨年6月11日、悲しい急死を遂げた。今の日本の映画界に絶対必要な人だっただけに、その死は本当に残念だった。今回、映画公開まで紆余曲折があったのは、力技でタブーに挑んでいく河村さんが亡くなってしまったことが大きな要因だったと思う。

話をした帰り際に「河村さんで良かった」と感想
 実は私はこの映画がまだ企画段階だった何年か前、河村さんにスターサンズに呼ばれて、相模原事件についてプロデューサーらをまじえていろいろ話をした。そしてその帰り際に、「取り組もうとしたのが河村さんで良かった」と感想を述べた。相模原事件という難しい素材を映画にするというのは腹の据わった人でないとできないからだ。

 私も最初に相模原事件をテーマにした本『開けられたパンドラの箱』を2017年に出版した時には、まだ中身もできてない段階で、植松死刑囚の本を出すらしいと誤解した人たちが不買運動を起こすなどした。しかもその抗議した人が編集部に抗議に来る際にマスコミに連絡をして新聞・テレビを引き連れてくるというやり方で、NHKニュースでそれが報じられて大変な騒ぎになった。

 その後、相模原事件関連本はたくさん出ているし、『開けられたパンドラの箱』も植松聖死刑囚を肯定しているわけでは全くないことはきちんと読んでくれればわかってくれていると思うが、最初は植松死刑囚のインタビューなどが載っているというだけで「許せない!」という反応も少なくなかった。今回のような劇映画となると、本とは1桁違う多くの人の目に触れることになるから、それを突破する覚悟が必要であることは明らかだった。

 ちなみに創出版からその『開けられたパンドラの箱』を出した後、相模原事件を描いたドキュメンタリー映画『生きるのに理由はいるの?』(澤則雄監督)や、舞台『拝啓、衆議院議長様』(Pカンパニー)などが作られ、いずれにも私は協力した。2020年上演の『拝啓、衆議院議長様』もなかなか良くできた演劇で、公演は連日満席の盛況(私も公演後のトークに呼ばれた)。その会場では『開けられたパンドラの箱』と『月』が販売された。

障害者施設などへの取材も行われた
 そうした試みは既に続いてきたものの、今回の映画『月』は、公開規模も大きいし、キャストが宮沢りえ、オダギリジョー、磯村勇斗、二階堂ふみと、超豪華なのが特徴だ。これだけの陣営で臨む以上、何らかの議論やハレーションが起こる可能性も否定はできないと思う。

 監督はこの何年か、『茜色に焼かれる』などのチャレンジングな作品を手がけている石井裕也さんで、今回の『月』は脚本も含めて彼が手がけている。実は前述した河村さんに呼ばれて話をした後、私は映画製作のためにいろいろな人を紹介した。あくまでも劇映画であり、ドキュメンタリーではないのだが、リアリティを大事にするために、製作にあたっては実際の障害者施設を取材したり、スタッフはかなり相模原事件の背景を調べる取り組みを行った。津久井やまゆり園の元職員である西角純志さんなども紹介したし、この間、『創』で取り上げた大規模施設の内情も映画には背景として盛り込まれている。石井監督自身も脚本を書くにあたって、障害者施設などの取材には可能な限り関わったようだ。

 前述したように映画はあくまでもフィクションの劇映画で、「生きるとはどういうことか」をテーマにしたものだ。相模原事件はあくまでも背景として置かれているだけで、今回公表された公式ホームページでも事件や施設の固有名詞は書かれていない