物価論考

(3)賃金率と企業行動

さて、設備投資にせよ住宅投資にせよ輸出にせよ、それらはもちろんそれ自体が総需要を構成するが、それを呼び水とする乗数効果で個人消費が増加しなければ本格的な景気の拡張はありえない。
個人消費はGDPの6割を占める総需要の最大要因である。経済が完全雇用近傍にあるにもかかわらず、十分な物価上昇が見込めないとすれば、それは個人消費が弱いからと考えられる。
乗数効果の大きさを決めるものは二つあり、ひとつは生産過程において生じた所得が家計に十分に分配されるかということ。
いま一つはそれが消費に回る割合すなわち限界消費性向が十分に大きいかどうかである。
後者については、「量的・質的金融緩和」政策導入後に限らず指摘されていることであり、政府債務の拡大に伴う将来の負担予想、年金破綻等への漠然とした不安、気候変動等の不確実性の高まり、そしてデフレ予想の定着などはいずれも限界消費性向を低下させる要因となる。
前者については、社会保険料負担増など漏出要因の拡大のほか、特に最近大きな問題として取り上げられているのが、物価上昇よりも貨幣賃金率の伸びが鈍いため、それが実質所得の減少を引き起していることである。



先に紹介した日本銀行のレポート(日本銀行(2018))では、「家計の値上げに対する許容度」についても言及している。
レポートによれば「量的・質的金融緩和」政策導入後、家計の値上げに対する許容度が高くなる状況が一時的にみられたものの、これまでのところ、許容度がはっきりと高まるには至っていない。

そしてレポートではまた、家計の値上げ許容度を高めていくためには、賃金など雇用・所得環境の改善や成長期待の高まりを促していくことが必要であると指摘している。

我が国では、企業が値上げできない→貨幣賃金率が上昇しない→家計が値上げを許容しない→企業が値上げできな
い…という悪循環に陥っているのである。

(なかの ひろし・大原大学院大学 会計研究科教授)
https://www.o-hara.ac.jp/grad/pdf/annual/14/04.pdf
https://news.yahoo.co.jp/articles/a5fb8b9edd2d58975401fa204c861cad723f636b