「お前の顔、憶えたからな」

 都内近郊の住宅街、路地で男二人が取っ組み合いになっていた。ひとしきりもみ合った後、筆者の姿を見るや一方の男性が先の言葉を相手の男性に吐いて足早に立ち去る。残された男性はひどく頭髪が乱れていた。彼に「大丈夫ですか」と声をかけると「うるせえよ」と小声で相手と別方向に立ち去る。何があったか知らないが、両方ともスーツ姿のごく普通の中年男性、筆者と同い年、いや少し上くらいだろうか。

 こっそり見ていたのだろう、小さな戸口からマスク姿の高齢女性が顔を出す。

「怖いね、なんなんだろうね」

 こんな閑静な住宅街、自分の家の目の前で背広のおっさん二人が取っ組み合いを始めたらそりゃ怖いだろう。

「最近ぶっそうですね、外に出たくなくなりますね」

 女性は部屋着のまま出てきて顔をしかめる。どんなふうに物騒かと尋ねるが、とにかくぶっそう、とのこと。確かに日本の治安に対する不安、という意味で彼女は間違っていない。少し古いが内閣府の2017年調査「治安に関する世論調査」によれば治安が「悪くなったと思う」又は「どちらかといえば悪くなったと思う」は60.8%で、警察白書もそれを受け2018年度版で2012年調査と比較して「依然として相当の割合を占めている」としている。

「昔は安全だったのにね」
https://news.yahoo.co.jp/articles/c807957b1587c3d3816c408afa6998f6dc251bc0