注文殺到、27年待ち「幻のコロッケ」 最高級神戸ビーフ使用、1個540円でも赤字

 兵庫県高砂市の精肉店が販売する神戸ビーフコロッケの予約待ちの期間が、27年にまで延びている。素材を厳選し、赤字覚悟で手作りするため、1日200個以上は手掛けない。だが、テレビ番組で取り上げられたり、芸能人が紹介してインターネット上で拡散されたりするたび全国から注文が殺到する。話題が先行する一方で、コロッケには店主の神戸ビーフに対する情熱が秘められている。

 創業大正15(1926)年の精肉店「旭屋」(同市伊保港町1)が、インターネットで限定販売する「極み」。肉は最高級A5ランクの3歳雌牛だけを使い、食べ応えのあるサイコロ状にカットする。ジャガイモは、同市内の農家に種芋を持ち込んで栽培を依頼する「レッドアンデス」。その糖度の高さが、脂が乗った肉のうま味を引き立てる。

 ジャガイモはふかしたままを使うため水分が多く、神戸ビーフも独特の軟らかさがある。つぶれないよう1個ずつ人の手で丁寧に成形し、一晩寝かせてからパン粉を付ける。商品は油で揚げる前の冷凍の状態で発送する。

 1個540円だが、肉の材料費だけでも600円程度かかる。おのずと生産量は限られ、店主の新田滋さん(57)は「売れば売るほど赤字」と明かす。

 2000年ごろに販売を始めた当初から人気は上がり続け、16年に13〜14年待ちになった。いったん中止したが、復活を望む声に押されて再開。その際、値上げしたが、神戸ビーフの価格が高騰し、赤字幅は広がる一方だという。

 それでも続けるのは「神戸ビーフを少しでも多くの人に味わってほしい」との思いから。高級なすき焼き用などは手が出なくても、手頃なコロッケなら求めやすい。おいしさを体験し、別の商品の注文につながれば、肉本来の魅力を知ってもらえると考える。

 今年作っているのはおおむね7〜8年前の注文分。4月に20個を受け取った高砂市内の女性(54)は「発送を知らせるメールで注文を思い出した。ゴロゴロとした肉が入っていて、ソースも付けずに食べられた。今まで食べたことがない味」と家族らで堪能した。

 「注文自体を忘れていた」というのは典型的な声。「山ちゃん」こと、お笑いコンビ南海キャンディーズの山里亮太さんも同様だったという。9月に出演したラジオ番組で、10年ほど前に注文したコロッケを妻の女優蒼井優さんと味わった感動と、人気の高さに驚いた経験を紹介。芸能人の発信力はすさまじく、すぐにネット上で話題になり、全国から注文が集まった。

 これまで「幻のコロッケ」としてテレビやネットで話題になるたびに、届くまでの年数が長くなった。その傾向に拍車が掛かり、今年に入ってからさらに約7年延びた。新田さんは「今注文を受けても、届くころには多分、僕は生きていないかも」と笑う。

 コロッケを呼び水としてネット通販に力を入れるのにはもう一つ理由がある。「顔が分かる人からしか仕入れない」という生産者への思いだ。

 新田さんは畜産農家に通って関係を築き、競りで直接、1頭丸ごと仕入れる。各地の百貨店などの催事に参加すると、初めて会った客にも「いつも通販で買っている」と声を掛けられ、肉の味や食感へと話題が広がる。消費者の舌の反応は直接農家に伝える。「少しでも消費者寄りの牛を育ててほしい」と願う。

 新田さんの「うまい肉」を届けたいというこだわりは、肉汁のごとくあふれ出る。
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