昭和天皇って、マッカーサーに「私の命だけは助けてください」って言いに行ったんだろ。情けなさすぎじゃねw [805596214]
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>>72
聖帝安倍ぴょんのお爺ちゃんの岸信介の悪口はやめろ >>104
木戸が
「陛下が開戦を支持して困る」
とか嘆いてたのに
「陛下は戦争に反対されていた」
とか捻じ曲げて喜んでるのがお前らのようなテンコロ信者やんけ >>17
なんでチンポを切り取る必要があるんだよw
天皇「おちんちんチョッキンね
マッカーサー「まさかー
天皇「真っ赤さ…赤チンだ
マッカーサー「ナニシテンノウ! >>108
これのどこが天皇の開戦支持なの?
9月6日「帝国国策要項」で★開戦決定
(この時天皇は開戦否定、近衛内閣、陸相は主戦論の東條、木戸は内大臣)
↓
9月7日 説得に来た非戦論の東久邇宮元陸相を東條陸相が調伏
↓
10月14日 東條は木戸へ「海軍が煮え切らないなら戦争辞めても」とイモを引く、揺れ動く東條
↓
10月15日 東條から木戸へ「(非戦論の)東久邇宮を総理にして戦争辞めさせよう、それなら国策要項否定も陸軍も収まる」
↓
木戸「陸軍の戦争回避の確約取れない限り皇族首相はムリ」
近衛首相「いや、木戸さん、東久邇宮に首相やらせて戦争回避しようよ、せっかく東條が折れてんだからさ」
木戸「ムリ、陸海軍一致して非戦決めない限り、ムリ」
↓
10月16日 近衛内閣総辞職
↓
10月17日 誰もがビックリ東條へ大命降下(組閣せよ)、
同時に「白紙還元の御諚」(開戦決めた国策要項を白紙にせよ)
↓
しかし陸軍内では収まらず、国策要項は白紙化されずそのまま開戦
この状況での天皇の困った状況と対応を伝えてるだけだが
逆に木戸が東久邇宮に首相やらせて開戦止めてりゃこんな事にはならなかったとも言えるわけだ
天皇がホントに開戦望んでりゃ白紙還元の優諚なんか出さねーよ、9月6日の最高決定機関で開戦決定してんだから
何もしなくても開戦なの >>108
あと10月9日の発言はそこにあるように伏見宮に開戦を説かれこんな事言われた、確かにな、どう思う?って意味だろ
確かに反乱起きてるし、国民も望んでいる
国民は真相を知らないからな
(つーことは満州事変や1次上海事変ほか陰謀をみんなバラしちゃえば国民は非戦論へ向かったわけだが検閲で制圧されてる) そもそも戦犯木戸幸一って東京裁判で死刑判決までわずか一票差で終身禁固刑受けたやつじゃん
戦争止めなかったから、って理由で
撤兵反対で東條内閣誕生させといて戦争終わったら手のひら返して保身に走る >>1
お前、もし本四六時中アベガー、天皇ガーとかしか考えられないならアタマの病院行った方がいいぞマジで。本当に病気かもしれないから。 やばくなったら時の実力者(藤原氏、平氏、武家政権、明治政府etc.)に頭を下げて生き延びてきたのが天皇家
マッカーサーに土下座したと言われても別に驚かない マッカーサーの巨根で何度も掘られて
縦割れアナルになったらしいな 見方を変えれば天皇制は世界最古の立憲君主制
「君臨すれども統治せず」
世界の方が天皇制に寄せて来たと言ってもいい >>109
天皇の確かな意志として発してないものだから支持とも取れるんだよ
逆に、非開戦の意思とも取れる
要するに危惧はするものの自ら選択はしない、どちらの側にも言い分を与えるどっちつかず
対米開戦という明確な破滅の道に及んでまで、態度を明確にせずどう転んでも言い訳が効くようにという古来より天皇伝統の保身に走ってしまったわけだ
天皇はそこで聖断を下すべきだった
天皇の確かな意志として非戦を示せばそりゃ流石に軍もそれに従わざるを得ない
一部不穏な動きは出るかもしれないがそれは朝敵と断じ朝敵として処遇するだけの覚悟も示せなかった
それをしなかったのだから天皇は木戸と同じタイプの戦犯なんだよ >>116
君臨も統治もしてるが責任は果たさないと言う、世界では無責任とされる制度に寄せる国なんてまともな国家にはないよ 別に命乞いしなくてもアメリカは天皇を占領統治に利用する予定だったから >>120
それでも沖縄自由に使ってくれとかまで媚び売ってんだからやはりビビってはいたのさ >>122
開戦前ならともかく打ちのめされてた終戦後ならそんなこともなかろうさ >>122
即鬼畜米英からギブミーチョコレートになる国民性舐めるなよ 天皇は
「君臨すれども統治せず」
ではないんだよ
「君臨も統治もしてるが統治して無いことにして責任逃れ
重大な判断からは逃げ臣下に責任押し付け」
これだよ >>3
その中で死んでいった奴らに対してこんなのがトップじゃ情けないって話じゃね 「朕はどうなってもいいから、民を助けてくれ (チラッ (チラッ」
じゃないの? >>117
だから9月6日の開戦決定決議で反対意思示してるだろっての、それを白紙撤回する要請も
それ以上の政治介入は立憲君主制なんだから出来ないんだよ
輔弼する大臣が責任を負う
>>118
少なくとも江戸時代以降は明確に「禁中並公家諸法度」関連法の下にあった
実権のない王であり「君臨すれども統治せず」つまり立憲君主制にあたる
立憲主義の母国イギリスが名誉革命の1688年としてもそれより古い >>127
では昭和天皇がいつ政治に介入したんだ?
マッカーサーが言うように生涯1度も拒否権発動していないが
天皇自身の発言では二・二六事件鎮圧とポツダム宣言での「聖断」の2回だけ
片方は国家存立の元となるクーデター対応だし片方は決断に困って聞かれたから答えただけ
両方民主制に対する政治介入という本来的意味は無い 東條は大命降下が下ってションボリして帰ってきたんだよ
海軍が乗り気じゃないって事はやっても負けるって事で、
選択肢は戦争止めようとする東久邇宮を首相に据えるか、別の主戦論者を首相にしておのれの責任逃れを図るしかない
近衛内閣で「帝国国策要綱」出させたのは東條なんだから
近衛は逃げる気マンマン、「帝国国策要綱」出した以上は開戦するか辞任するしかない
開戦=敗戦、コレは海軍中心に共通の認識
華族公爵家筆頭の近衛は逃げる
東條の脱開戦の起死回生策が東久邇宮の擁立だったんだよ、東久邇宮という皇族パワーを利用して陸相の自身が抑える、と しかし木戸に断られておまけに天皇も木戸に言わされて非戦論の東久邇宮擁立が消えた
それどころか逆に東條が首相やれと命じられた
とうとう東條は前にも後ろにも行けなくなり八方塞がりとなる、お先真っ暗となり真っ青な顔をして帰宅する @絶対王政=憲法なんて関係ぇーねー
↓
A「外見的」立憲君主制=一応憲法の範囲内で行うが君主が直接政治やる
↓ 憲法作るのも国王だし個人主義とか自由主義とか関係ぇーねー
↓
B立憲君主制(議会主義的君主制)=ガッチリ憲法守る、個人主義だし自由主義、なので制憲議会が憲法り国王権力は抑制される
↓
C象徴君主制or共和制=王は一切口出し禁止、または君主自体がいない
Aは「君臨し、統治もする」ex.第一次大戦前のドイツオーストリアなど
Bは「君臨すれども統治せず」ex.イギリスなど
第一次大戦でAのチームの大半は全滅させられた
ニコライ2世なんか一家惨殺、それを目の当たりにした昭和天皇17歳、
王家が臣民に殺される、その心中いかばかりか
19歳でイギリスへ渡り勝利者側の王ジョージ5世から「君臨すれども統治せず」思想をタップリと注入される
そんな天皇に「君臨し、統治もする」という破たんした古い制度への帰還する動機など何もない @のチームがA~Cのチームにイジメられた、これが日露戦争だ
そして@のチームが無くなり、残ったAのチームがB、Cのチームにイジメられたのが第一次世界大戦
だから基本的にメインの国では第一次世界大戦以降はBとCのチームしか無いはず
日本も例にもれず大正時代から昭和初期にかけて政党政治が実現、Bのチームに仲間入りした
しかし、くだんの満州事変から国体明徴声明に至り、Aのチームへと歴史の逆回転を始める
これを昭和天皇はクーデターだ、下剋上だと言った
一方、国体明徴声明の発端となった機関説事件では「民主化自由化こそ帝国への緩やかなクーデターだ」と断定され血祭りに上げられる
それが二・二六事件
つまり国家主義者から見ると民主主義や自由主義者こそ憲法を曲解する「クーデターや反逆者」に見えた
帝国憲法に不備があった、これは間違いない >>130
歌を詠んであと察しろ、ではね
立憲君主制でもないし
そして明治以降の天皇は明確に主権者だよ
元老だの腹芸でコントロールできるものがいなくなりゃあとは天皇の責任だね
>>131
その2回をしてるなら3回あってもおかしくないし、あるべきだったね >>132
東條は開戦が決まった時にこれで勝てると手を叩いたわけだが
>>133
つまり木戸の言を呑んだ天皇の責任だね
>>134
明治憲法はAを参考に作られたものであり、なので全滅はしてないよ
天皇がそれなんだから >>130
天皇機関説事件と国体明徴声明によって日本は天皇主権説に舵を切っちゃったんだよ
立憲君主制とか何をお花畑なこと抜かしてんだ >>131
昭和天皇の口出し案件
@張作霖爆殺事件に関する田中義一首相への叱責と内閣総辞職(1929年)
A関東軍の熱河侵攻作戦の一時差し止め(1933年)
B2.26事件における反乱軍の武力鎮圧の方針の決定と鎮圧督促(1936年)
C日中戦争初期の兵力増強、戦略爆撃実施方針の決定(1937年)
D張鼓峰事件における武力行使の一時差し止め(1938年)
E昭和14年度帝国海軍作戦計画の修正要求(1937年)
F中国の宣昌再確保への作戦転換(1940年)
Gフィリピン・パターン要塞への早期攻撃の督促
H重慶攻略の方針決定と取りやめ(1942年)
Iガダルカナルをめぐる攻防戦における陸軍航空隊進出の督促(1942年)
Jガダルカナル撤退後におけるニューギニアでの新たな攻勢の要求(1943年)
K中部ソロモン撤退論への批判(1943年)
Lアッツ島玉砕後における海上決戦の度重なる要求と海軍の消極的姿勢への厳しい叱責(1943年)
M陸軍のニューギニアでの航空戦を慫慂(1943年)
N絶対国防圏設定後の攻勢防御の要求(1943年、1944年)
Oサイパン奪回計画立案の要求(1944年)
P沖縄戦における攻勢作戦の要求(1945年)
Q朝鮮軍の関東軍への編入拒否(1945年)
R終戦の聖断(1945年) 明治日本にはビスマルクの様に君主をコントロールできる有能がいた
いなくなった帝政ドイツと昭和日本は暴走し、だからヴィルヘルム2世と裕仁はその責を負う
それだけの話 >>136
あとは察しろ、でいいんだよ
B立憲君主制(議会主義的君主制)とC象徴君主制の違い、それはクレーム言う事が出来るのと一切口出し出来ないの違い
立憲君主制とは直接指示する事は政治介入になるから出来ないが「注文」はつけられる、コレが若き昭和天皇への「ジョージ5世」の教え
コレが平成天皇まで日本の皇室帝王学の教科書になっている
明治天皇期は他国もまだ第一次世界大戦前でA「外見的」立憲君主制=なんちゃって立憲主義が存在してた
第一次世界大戦によってほぼ無くなった
ラスト
それは政治介入になる ナチュラルに生き残る機満々の謝罪してきてマッカーサー軽く引いてて草 >>141
良くないね
それでは解釈の余地を与えてしまう
解釈の余地の無い意見こそ政治の場で必要なことであり、そして天皇は責任逃れのためにそれを怠った
そして戦前天皇は政治介入を許される立場であり、また国難に際してるならむしろ積極的に介入しなければならない役職だよ
統帥権で揉めてる状況なら尚更さ
お前のラストは当時問題にならないことを今の価値観で問題にしてるだけ >>140
だからお前らの歴史には第一次世界大戦が無かったのかと言いたくなるんだ
ビスマルクは第一次世界大戦前の人
日本でも山縣有朋系の「超然内閣」のように「議会無視」の制度が行われていたが桂内閣倒閣運動から第一次護憲運動が起こり大正デモクラシー、
Bの立憲君主制(議会主義的君主制)チームへ移行した
だから政党政治なんだよ、議会の決定に従う
それを潰したのが満州事変からの五一五事件、つまり満州国を認めない犬養毅を殺して政党政治を止めた事件、そこから二・二六事件でB立憲主義まで放棄する どこぞの農民が有機農法に憧れた
でも草むしりは面倒なのでやらなかった結果不作になった
天皇が立憲君主に憧れて政治介入を忌避していたと言うならこれと同程度の馬鹿だよ
介入したくないなら介入しなくても良いだけの環境を整えてからする必要があった
統帥権を返上し総理大臣に与えるとかね
やんなかったのだからただの無責任無能だよ >>143
そんな事やってりゃどのみち天皇制なんて無くなるんだよ
勝ち続けることなんて出来ないんだから
政治には介入しない、だから皇室はこんなに長く生き残ったんだ
そして昭和天皇の頃は世界中が君主の政治介入Aの「外見的」立憲君主制から脱却してた時期なんだからそれでいい
時のチョイスなんてどっちに転ぶかは時の運
まあ太平洋戦争の未来は見えまくってたけどな >>145
Bには移行してないよ
移行するための半歩を踏み出しただけ
結局戦前日本の政党政治は
「民の意思を重んじる天皇陛下のお情け」
として行われたものでしか無く、天皇が守るべき責務でもなんでもなかった
だから後にその半歩を引っ込めるのも容易だったし、実際引っ込めた
であるならあとの責任は議会でなく天皇だよ >>146
お前の言うように積極的に介入して戦争止めりゃそれは同時に飢え死にするか中国撤兵なんだぜ?
そしたらその後ますます介入しなきゃならんだろ
もう議会主義的君主制の放棄で、先進国は相手にしてくれなくなるわな? >>147
地位より国家国民が大事ならなくなっても構わんぞ
そして裕仁はその覚悟もない無能君主だっただけなのさ 昭和天皇とマッカーサーの会見は二人でサシで話したんだから、何を話したのかは二人しか知らんよねw 逆やん
私は罪を受けるが国民は助けてやってくれだろ >>148
天皇が守るも何も、天皇は介入してないから
昭和天皇の頃はもともとB議会主義的君主制
拒否権発動してないって言ってるだろ GHQは日本の体制や官僚システムを完全に破壊すべきだった。 >>150
いや介入してたらどのみち無くなってるっての
世界唯一の「外見的」立憲君主制ってか?
ナイナイ よく皇室不要論を言う馬鹿が居るが
最後に守ってくれるのは結局天皇じゃないか マッカーサーは日本最上の紳士って回顧録では昭和天皇のことべた褒めしてたねw
さすが、アジアを解放した帝王は違うよねw >>149
中国撤兵すりゃいいじゃない
天皇は断固それを明確な意志として表明し、実行させるべきだったよ
反抗するものは朝敵認定
それをしたくないなら天皇の地位を返上し隠遁すべきだったさ >>153
してんじゃんw
昭和天皇の口出し案件
@張作霖爆殺事件に関する田中義一首相への叱責と内閣総辞職(1929年)
A関東軍の熱河侵攻作戦の一時差し止め(1933年)
B2.26事件における反乱軍の武力鎮圧の方針の決定と鎮圧督促(1936年)
C日中戦争初期の兵力増強、戦略爆撃実施方針の決定(1937年)
D張鼓峰事件における武力行使の一時差し止め(1938年)
E昭和14年度帝国海軍作戦計画の修正要求(1937年)
F中国の宣昌再確保への作戦転換(1940年)
Gフィリピン・パターン要塞への早期攻撃の督促
H重慶攻略の方針決定と取りやめ(1942年)
Iガダルカナルをめぐる攻防戦における陸軍航空隊進出の督促(1942年)
Jガダルカナル撤退後におけるニューギニアでの新たな攻勢の要求(1943年)
K中部ソロモン撤退論への批判(1943年)
Lアッツ島玉砕後における海上決戦の度重なる要求と海軍の消極的姿勢への厳しい叱責(1943年)
M陸軍のニューギニアでの航空戦を慫慂(1943年)
N絶対国防圏設定後の攻勢防御の要求(1943年、1944年)
Oサイパン奪回計画立案の要求(1944年)
P沖縄戦における攻勢作戦の要求(1945年)
Q朝鮮軍の関東軍への編入拒否(1945年)
R終戦の聖断(1945年) >>158
中国撤兵したらその後の政治もみんな天皇が仕切らなきゃならなくなるだろ
国家予算の7割以上が軍事費なんだぜ? >>154
マッカーサーはそのつもりだったけど
それやるとアメリカが悪になるから出来ないことが判明するんだよ
日本の神はアメリカの神と繋がってたっていうとんでもない事実 >>153
介入してるじゃない上で別の人が示したように
>>155
無くなろうがそれをなすのが君主の努めだぞ
なくなった結果日本が戦争やって負けたならそりゃ天皇の責任ではない
お前の言うことにも一理あるってことになるがそうではない 俺たちが生きてる間は無理かもしれんが、いずれは消えてなくなる >>154
ポツダム宣言ではそんなことは言ってないから無理だよねw >>160
仕切れよ
天皇にはそれだけの責任がある
そして裕仁はその責任を果たせない無能だった マッカーサーは頭はいいんだろうから天皇を持ち上げとけば日本を支配しやすくなると思っただけ >>159
Bと19だけだな
@は総辞職は関係無い「やめたらどうか」と意見言っただけ
それ以外も「注入」つけてる程度で誰かの意見聞いたり輔弼だったり諮詢の結果だったり政策的決定ではない >>162
それが君主の努め、
いや、それが議会の努めだから
それが「民主化」の果実だから >>165
だから仕切ったら「君臨し、統治もする」Aの「外見的」立憲君主制だろっての
なんで日本だけ歴史を逆回転しなきゃならないんだよ
最後は土人か? マッカーサーはキリスト教徒なのでべつに天皇とかどうでもいいとは思ってる >>167
もっとちゃんと検討してみろよw
論文にもなってんだぞ いや裕仁というか皇室自体そのような判断を長年したこともない無能だった
四方八方に良い顔をしてみんなにちやほやされることに慣れたカスだった
そもそもを言うならそんな一族に主権者の地位を任せた明治憲法が間違ってたわけだが、
だからと言って主権者としての責任は免れないよ アメリカの首脳部でも、戦後に天皇を残すべきかどうか賛成派と反対派に分かれて争っていたが
偉大なる昭和天皇によって平和が確立された有様を目の当たりにして、戦後の占領統治に天皇は必要派が勝ったよねw 命乞いをしてきたらまぁ許すというがキリスト教ではある感じ >>169
どうあれAだろ
ならAとして最大限の努力を払わねばならんぞ
もしくはAであることを否定し亡命でもするか、自ら確実なBになれるよう改革に乗り出すか
しかし、実際の裕仁はそのそれどれもしなかった >>171
@から間違ってんじゃん
読む価値無いわ
もし介入してるなら叱責し、「辞めろ」と言う
介入してないから「辞めたらどうか」の質問調なんだよ 日本は命乞いをしてきても殺すという感じではあるけど まず偉大なる昭和天皇によってアジアが解放されたという普遍的真理に基づいて歴史を解釈しないと
歴史の見方が矛盾撞着して、首尾一貫した歴史解釈ができないと言えようw まだ昭和天皇持ち上げてるヤツいんのか
三島由紀夫ですらガッカリしてたのに >>167
つうか違うけど、お前の言う通り『やめたらどうか』と言っただけで内閣総辞職させられるとは専制君主にも程があるな >>177
逃げんなよw
偉そうにしといて口程にもねーなコイツは >>176
「統治」してないじゃん
各大臣の「輔弼」なんだから
あとドイツと違って議会に予算への協賛権がある
予算が通らなきゃ前年予算と同じになり行政は行えない >>180
三島由紀夫の腹切りによって、日本によってアジアが解放されたという普遍的真理が明らかになったわけで
彼もまた偉大なる昭和天皇同様、地球と人類に対して偉大な貢献をしたといえようw >>181
辞めたらどうかで、失意で投げ出したんだろ
そしてすぐ死ぬ >>156
実際には最期に守ってくれたのはアメリカだったよ
勿論アメリカだって慈善事業でやってるわけじゃないから相応の利益を確保した上でだが、
しかしそれでも戦前の天皇国家よりはマシだったのさ >>182
どこが逃げ出してんだ?
じゃあ天皇の直接の意思、行為でどんな政策決定行われたんだ?
天皇が単独でなんか意思決定しないはずだが >>184
三島由紀夫は日本の限界を分かってたからアジア解放なんか信じてねえぞ >>183
例外があるんだよ
軍だけは予算が通らなかった場合前年と同じ予算が確保できる
だから議会が機能しなくても平気だった
そして、その軍に対する統帥権を持つのは天皇だけだった >>187
俺があげたやつは全部、天皇の発言によって実行されたやつだぞ? 人種差別国家アメリカは、天皇中心の日本によるアジア解放を否定するべく、原子爆弾をつかってポツダム宣言を押しつけたが
21世紀を生き残ることができないのは、ポツダム宣言ならびに原爆投下の正当性であって、天皇中心の日本によるアジア解放は21世紀をこえて残る永遠の真理であるいえようw >>189
天皇の名で真崎甚三郎を教育総監辞めさせて軍側が「統帥権干犯だ!」と攻撃したのが二・二六事件なんだけどな
そもそも統帥権干犯問題だって天皇の決定に「統帥権干犯だ!」と噛み付いてるわけだし >>188
三島由紀夫は日本の戦争の意義が明らかになるのは百年かかるといってたからねえw
つまり戦争から百年たてば、天皇中心の日本によるアジア解放も明らかになるわけさw >>190
だからどういう法形式で権力行為が行われたんだよ
勅語か?勅令か?
枢密院という諮問機関もあるわけだが? >>185
その発言の前に西園寺が『御言葉の点に付明治天皇御時代より未だ曾て其例なく、総理大臣の進退に直接関係すべし』と反対したにも関わらず言っちゃいましたとさ 三島由紀夫は日本の戦争の意義、つまり日本によるアジア解放の意義が明らかになるのに百年かかるといってたわけだが
俺はそれより少しばかり早めに普遍的真理を先取りして明らかにしているだけであるねw >>194
発言した上で周りが必死に動かざるを得なかった
天皇はいちいち『どうすれば実現できるのか』なんて考えんわ >>195
だからどうしたの?
書面で辞めろとか懲戒って辞令でも出たの?
辞めなきゃいいだけじゃん
Bはクレームは言えるんだよ、その後天皇が反省したのは田中義一が死んじゃった事だよ >>197
おいおい、日本は法治国家だぜ?
キチンとした行政手続きしなきゃあさあ
天皇が単独でどんな勅令を出したんだよ、言ってみ? >>198
はいはいw
命令書なんて要らんからw
天皇はそれだけ絶対的なんだよ
何勝手に西欧の立憲君主制を当て嵌めようとしてんの?
んなもんとっくに否定されちゃってたわ >>197
ま、拒否出来るってわけだ
東條が白紙還元の優諚を無視したように ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています