「花屋のおばあちゃん」の戦い | 世界日報
https://www.worldtimes.co.jp/opnion/reporterview/144651.html

同性愛者差別として裁判に、最後まで「汝の敵を愛す」

ワシントン特派員時代から注目し、追い続けていた裁判があった。ゲイカップルの結婚式のフラワーアレンジメントを断ったことで、同性愛者を差別したと訴えられた「花屋のおばあちゃん」の法廷闘争である。

米西部ワシントン州で花屋を営んでいたバロネル・スタッツマンさんが、同性婚のフラワーアレンジメントを断ったのは2013年のこと。敬虔なキリスト教徒として、結婚は男女のものと固く信じていたからだ。

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日本の大手メディアはほとんど関心を示さなかったが、筆者は信仰の自由を建国の理念とする米国の在り方を左右する裁判だと考え、ずっと注目してきた。スタッツマンさんに直接インタビューする機会はなかったが、講演を2度取材したことがある。

スタッツマンさんは、裁判に負ければ、相手側の弁護士費用の支払いなどで自宅やお店、老後の貯金など全財産を失う可能性があった。だが、銀貨30枚でイエスを裏切ったイスカリオテのユダのように、お金のために信仰の自由を放棄することはしないと、徹底抗戦を続けてきた。

しかし、昨年7月、連邦最高裁がスタッツマンさんの訴えを却下したことで、8年に及ぶ戦いは敗訴に終わった。全財産を失う事態は免れたものの、相手の男性に5000ドルを支払うとともに、店を従業員に譲って花屋を引退することを決めた。

スタッツマンさんは、同11月に法廷闘争を終えることを発表した声明で、誹謗(ひぼう)中傷を浴びながらも戦いを続けてきた理由を改めて綴(つづ)っている。

「私は聖書を神の言葉だと信じている。その聖書は、神が結婚を一人の男性と一人の女性の結合として設計したと教えている。神が私に与えてくれた芸術的才能を、神の言葉を否定し、侮辱する形で使うことはできなかった」

スタッツマンさんは決して同性愛者を差別的に扱ったことはなかった。同性婚の依頼を断る際も、相手を傷つけないように手を握って理由を説明するとともに、代わりに仕事を引き受けてくれる別の花屋を3軒紹介。最後はハグをして別れた。

このやり取りが差別と断定されるのは、あまりに残酷である。だが、スタッツマンさんの声明に恨み節はなかった。それどころか、「あらゆる場面でイエス・キリストが共に歩んでくれた道のりだった」「裁判の最中、神の愛が私を支えてくれた」と、感謝の気持ちを綴っているのだ。

さらに、感動的なのが最後の一文だ。

「最後に、ロブのご多幸をお祈りします」

ロブとは、スタッツマンさんを訴えた同性愛者の男性である。自分の人生を破壊した裁判を起こした張本人の幸せを願ったのである。最後の最後まで「汝(なんじ)の敵を愛せよ」の教えを貫いたのだ。

信仰に従って真摯(しんし)に生きていただけのスタッツマンさんのような人が、差別主義者と断罪され、社会的制裁を受けることがあっていいのか。これが信仰の自由を建国の理念とする米国なのか。そんな思いが拭えないのである。

編集委員 早川 俊行