しかし、このとき女王アリに恐怖が訪れる。

働きアリが、女王アリを連れて移動するとは限らないのだ。

「女王」とは言っても、彼女に働きアリへの命令権はない。働きアリは、自らのために女王アリの世話をしている。女王アリを連れていくかどうかは、働きアリたちが判断するのだ。

女王にとって働きアリが働くマシンであるならば、働きアリたちにとって女王アリは、いわば卵を産むマシンでしかない。卵を産むことだけが、女王の価値なのだ。

シロアリの巣の中には、女王が死んだときのために副女王アリが控えている。
産む能力の低くなった女王アリは容赦なく捨てられる

卵を産む能力の高い女王は、当たり前のように働きアリたちに連れられて新しい部屋へと運ばれてゆく。しかし、もし、卵を産む能力が低いと判断を下されれば、働きアリは、女王を運ぼうとはしない。運ぶ価値がないという烙印(らくいん)を押されてしまうのだ。そして、副女王アリが、新しい女王の座につく。こうして何事もなかったかのように王国は維持されていくのだ。

働きアリは休むことなく、女王の世話をし続けてきた。女王アリは休みなく卵を産まされ続けてきた。働き続ける働きアリと卵を産み続ける女王アリ。働かされているのは、本当はどちらなのだろうか。

歳をとり、卵を産む能力の低くなった女王アリは、働きアリたちに見向きもされず、容赦なく捨てられていく。

もしかすると、女王の地位に君臨した女王アリは、働きアリを憐れんでみたことがあったかもしれない。しかし今や、働きアリは年老いた女王アリを憐れむことさえなく、置き去りにしていく。

卵を産むために生まれ、卵を産み続けてきた女王アリ……

彼女は歩くことはできない。誰かが運んでくれなければ移動できないのだ。しかし、もう誰も戻ってはこないだろう。もう誰も餌を運んでくることはないだろう。たくさんの子どもたちを産んだ思い出の詰まった古い部屋に、彼女だけが置き去りにされていく。

それが女王である彼女の最期なのである。