>>83
その短文に対する理解しやすさに何らかの外的なコンテクストが関係してるのは分かってるよ
ただしその省略したコンテクストの部分に対する推察力だとかは読み手によって個人差あるわけよ

その場合単純に書き手側が想定してない(コンテクストを共有してない)層だからその短文が読めてないだけだと見なすことも出来るけど、
一方で読み手側に共通するコンテクストの部分を考えずにとにかく短文化してしまう悪文の書き手もいて、そういうのは前述のTwitterみたいなコミュニティで現れてくるわけ(これが俺の主張)

むしろ双方に高度な筆力と読解力が備わっている前提でしか短文のコミュニケーションは成り立たないと俺は考える
だから短文化が手段ではなく目的化する時点でバカな書き手とバカな読み手が増えるのは当然の帰結なんじゃない?って話

短文化が手段ではなく目的としてすり替わるようになったんじゃないかってこと
今北産業とかも同じじゃないの