薬子(くすこ)の変から保元の乱までの350年間、天皇の裁可による死刑執行はなかった。だが、本当に平安時代には死刑がなかったのか。平将門(まさかど)のさらし首や安倍貞(さだ)任(とう)追討の記録から、タテマエとしての死刑忌避と、実態としての死刑があった真実を究明。死刑の執行を実際に担った武士や検非違使(けびいし)の役割にも触れる。