「世界中が私たち(ロシア人)を嫌っている」。
大学進学を目指して日本語学校に通うロシア人留学生のナターシャさん(仮名)が涙ながらに訴えた。

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ずっと日本に憧れていたという。
「日本の大学で日本語と、もう1カ国語を勉強したいです。そうすれば、日本で働かせてもらえる。そして役に立てることを証明できれば、永住させてもらえるかもしれない」。
目を輝かせながら、そう言った。ロシア出国は家族の願いでもあった。
「祖母も両親も、私をロシアから逃がしたいと思っていました。ウクライナへの侵攻が始まる前からです。ロシアの政治体制の問題、貧困、治安の悪さから脱出してほしいと願っていたのです」

父親は医師で、母親も医師免許を持ち、祖母は会計士。「日本だったらお金持ちそうなイメージがありますが、ロシアでは貧しくもなければ、特別に裕福でもない家庭です」という。
留学資金は、祖母がユーロで貯金してくれていた。外国で生活できるよう幼い頃から英語、中国語、フランス語、ドイツ語を学んできた。今回のオンライン取材にも英語で答えた。
周到に準備してきたナターシャさんにとっても日本への道のりは長かった。日本政府は2021年1月、新型コロナウイルス対策で外国人の入国を全面禁止した。
11月にビジネスと留学目的の外国人の入国を一時認めたが、オミクロン株の流行で再び同月に外国人の新規入国を禁じた。

ナターシャさんは約1年間、日本への渡航を待つほかなかった。今年3月から外国人の新規入国が段階的に緩和されたことから来日が実現したという。
しかし、来日した時期が問題だった。ウクライナに侵攻したロシアへの経済制裁の影響を受けたのだ。
日本と欧米諸国は、ロシアの大手銀行などを国際的な決済ネットワーク、国際銀行間通信協会(SWIFT)から除外した。
ロシアを世界経済から孤立させる狙いだが、国境をまたぐ送金が規制されたことからナターシャさんは家族から仕送りを受け取れなくなった。
話を聞きながら、ロシア語を含めて5カ国語も話せるのに、なぜ日本への留学にこだわるのか気になった。他の国ならもっと早くに留学できたのではないか。
こう疑問をぶつけると、ナターシャさんは「とんでもない」と笑顔で首を横に振った。

「日本がベストです。治安が良く、政治は穏やかで、就職のチャンスがたくさんあります。私は5カ国語が話せますが、ロシアではそんなことは評価されません。
ドイツやフランスは素晴らしい国ですが、日本ほど語学力を評価して、重宝してくれるかどうかは微妙なところです」
語学力を生かせる国として日本を選んだのだ。その日のナターシャさんの表情に迷いは感じられなかった。

最初に話を聞いてから2週間ほどたった4月末、ナターシャさんのその後が気になり、前回と同じようにオンライン取材をした。
最近の暮らしぶりを尋ねると、食費を切り詰めるため、朝昼晩は「ご飯にふりかけ、ゆで卵を食べています」と話した。
なんとか日本に到着したものの、両親や祖母からの仕送りが受け取れない。家賃は約4万円。最初の1カ月の光熱費と通信費は約1万円だった。
今後かかる日本語学校や大学合格後の学費用にと取っておいた現金しか手持ちがなかったため、仕方なくそこから支払った。
アルバイトはすでに二つ掛け持ちしている。語学学校で時給2000円のロシア語講師と、飲食店で時給920円の皿洗いだ。
「日本語がまだ上手ではないので、話せなくてもみなさんに迷惑がかからない仕事を探しました。(飲食店の)店長はとても優しく、なかなか言葉が通じない私の状況を理解しようとしてくれます」と感謝している。

慣れない日本で栄養のバランスは大丈夫だろうか。そう声をかけると、ナターシャさんは「ふりかけがおいしいので大丈夫です。今は大好きな日本にいることが夢のようです。
ちょっとおなかが減っていることくらい、なんともないです」と話し、笑顔をみせた。

明るく笑い、楽しそうに話していたナターシャさんだったが、話題がロシアにいる家族や友人の近況になると、その笑顔が徐々に消え、表情がくもりがちになった。
政治に話題が及ぶと、突然、ナターシャさんの声色が変わった。
「私の周りには(ロシア政府の)プロパガンダの犠牲者なんて……いません」と言いかけて、突然、わっと泣き出した。



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