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『迷惑物件』が『廃墟の女王』になるまで神戸【摩耶観光ホテル】未来につなぐ“遺産”への道のり

愛好家にとっては非日常やスリルを味わえるワクワクする場所、「廃墟」。一方で、管理者にとってはトラブルにつながる悩みの種でもある。
そんな廃墟が、観光資源として有効活用されている。兵庫県神戸市の摩耶山の中腹にある「摩耶観光ホテル」、通称「マヤカン」だ。(以下、マヤカン)
戦前の1930年に建てられ、その後観光ホテルとして、最後は学生センターとして営業してきたが廃業となり、1990年に閉鎖された。現在は、許可無くしての立ち入りは禁止となっている。
そんな場所が、なぜ、どのようにして「観光スポット」となるに至ったのか。現状や将来の展望は?
産業遺産コーディネーターで、「NPO法人 J-heritage(ジェイヘリテージ)」代表の前畑洋平さんと、マヤカン近隣を訪ねるガイドウォークを主催する「摩耶山再生の会」事務局長の慈(うつみ)憲一さんに、それぞれ話を聞いた。
■“迷惑物件”との出会い
きっかけは、2014年、前畑さんが関わったテレビ番組だった。廃墟をテーマにした番組のためにリストアップしたマヤカンが放送で取り上げられ、所有者と話すことができたが……
「『壊すつもりでいる』と言ってはったんです」(前畑さん)
そこには、廃墟特有の問題があった。
当時のマヤカンの所有者は、神戸市や警察・消防から「管理をきっちりしてほしい」と再三求められていたそう。
問題だったのが、不法侵入。学生センターだった頃も「廃墟のような場所に泊まれる」と人気だったその佇まい。廃業後、廃墟マニアの“聖地”となり、入り口をふさいでも破壊して侵入されたり、撮影などのため内部でろうそくを使われたりすることもあった。崩落による事故のリスクも負っている。不法侵入による事故は、所有者の責任になってしまう。
所有者は、この建物を“迷惑物件”だと思っていたという。
そこで、自身も廃墟マニアである前畑さんは、所有者に「マヤカンを大事に思っている人たちが大勢いる。ぜひ自分たちの団体で手伝わせてほしい」との思いを伝えた。
J-heritageで保全、一帯の活性化に取り組む摩耶山再生の会で活用、という協働事業が始まった。
■「廃墟の女王」の誕生
まず手を付けたのは、不法侵入など「負のイメージの払拭」。そのために約300万円かけてセキュリティ会社をつけた。さらに、2017年に登録文化財へ申請することを目指し、リターンに廃墟見学などを盛り込んだクラウドファンディングを実施。349人の支援者から、目標金額500万円を大きく上回る727万7千円が集まった。それらの甲斐あって、2021年、廃墟としては異例の「国の登録有形文化財」に登録された。
「摩耶山・マヤ遺跡ガイドウォーク」が始まったのは、2017年3月。元々摩耶山のケーブルカーやロープウェイの利用者を増やしたいと考えていた摩耶山再生の会では、マヤカンを活用する案があった。そんな中、前述の取り組みが追い風となり、ガイドウォークが実現したのだった。
ガイドウォークでは、本来なら入れない山道を歩き、廃墟のすぐそばまで近づける。始めてみると1回20人限定のウォークに応募が殺到。サーバーがダウンする事態になった。想定外なことに、海外からのアクセスも多かった。壊されようとしていたこの廃墟に、大きな需要があったのだ。
そしてマヤカンは「廃墟の女王」、一帯に点在する歴史遺構は「マヤ遺跡」と呼ばれ、多くの人が関心を寄せる存在となった。
■マヤカンの今、そしてこれから
現在、摩耶山再生の会主催のガイドウォークは、月に1回のペースで実施されている。開始当初、廃墟マニアが多かった参加者は、現在ライト層(軽い興味からの参加者)が増えているという。VR(バーチャル・リアリティー=仮想現実)を使った内部のオンラインツアーや、近隣ホテルでの宿泊をセットにしたプランの実施など、新たな展開も試みている。
一方で、課題もある。
「どこまで補修するべきか」。費用の問題が横たわる。マヤカンは、戦争に加えて阪神・淡路大震災も経験し、台風の被害にも遭ってきた。ガイドウォークでは、現在、安全性を考慮して建物内に入るのは控えている。しかし、これまでの取り組みで“遺産”としての価値・需要が掘り起こせたことを背景に、将来、一部を補修して見学できるようにする可能性もあるという。
廃墟とされる建造物は各地に存在する。所有者にとっては、管理の問題をはじめ、負の側面が大きいのが現実だ。だが、マヤカンのように、活用の仕方次第では需要が生じるのも確か。金銭面の環境を整えていくことができれば、遺産として引き継いでいく道を見出せるかもしれない。