AV女優とさよならしても、わたしは渡辺まおとさよならしない。
神野藍(元・渡辺まお)
2022年6月1日 22:09
本日で私は一つの人格を失うことになる。
お風呂の設定温度は常に42度だった。大抵我が家の設定温度を見ると人は驚愕する。
私の仲の良い女もそうであった。決まって彼女は「ちょっと無理」と言いながらも足だけ湯に浸ける優しさを見せるのであった。
熱い風呂には決まってスマホを持ち込んで入る。
私の髪の毛の生え際からは汗がにじんで、目に入ったしずくは私を苦しめ、もう無理だと思ったときに脱衣所の珪藻土のマットの上で涼むのが日課だった。
「これがトトノウってやつか!」とサウナが苦手な私(熱風で肺が押しつぶされそうになるのが嫌いなのだ)が編み出した、
なんかそれっぽい、脳みそが覚めるような気持ち良い行為なのだ。
その日は突然来た。一か月もの間、ラインの送信画面に打ってはいたが放置していた文章を何故かその珪藻土マットの上で送れたのだ。
一か月もの間、田んぼの中で泥がまとわりついて抜けなくなった長靴のように私は動けなくなっていた。
私の思考は泥に纏わりつかれて、思考を鈍らせ、同じことを何度も繰り返しては精神を深みに落としていく、そんなようだった。
普段の二倍くらい湯に浸かったのがよかったのか、それとも部屋をエアコンでキンキンに冷やしていたのが功を奏したのか、
それとも直前に面倒だなと思った男を二人ほどブロックして気持ちが乗っていたのかは定かではないが、とにかく送信ボタンを押せたのだ。
"AVに戻りません、事務所ってやめても大丈夫ですすか"
社長はあたたかく送り出してくれた。
今こうやって書いていても思い出が溢れてくる。宮古島で社長が歌った「紅」が上手かったなとか、あの日マネージャーが泥酔したなとか、
そんな他愛もないことだけど何故か記憶に残っている。彼らにとっては所属の一人に過ぎないかもしれないが、それはそれでいいのだ。
私はAV女優である渡辺まお、そしてAV女優であるわたしという人格に別れを告げた。
寂しさはあるが、次に進まなければ成長が途絶えてしまう気がするのだ。
何者でもなかった大学生のわたしが、AV女優の渡辺まおに変化した。
そして今、何者でもない渡辺まおとわたしに戻るのだ。
不思議と以前のような切迫する「何かにならなければ」という気持ちはない。
そんな肩書が無くても、まっすぐ歩いていけるような気がするのだ。
しがらみがない今、わたしと渡辺まおはもっと深く、もっと濃くひとつになれる。。
これからも何かを生み出すこと、何かを表現すること、そしてそれを世に発信すること、
それは辞めないし、辞めれない。
AV女優とさよならしても、わたしは渡辺まおとはさよならしない。
https://note.com/ai_jinno/n/n187a863445ce