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甘くない梅酒、一醸一樽のウイスキー 酒紀行まとめ読み

都市農業の可能性広げるワイン 川崎市の蔵邸ワイナリー
住宅地や工業地帯のイメージが強い川崎市だが、市北部では野菜や果物が栽培され、都市農業が盛んだ。2021年夏、ブドウ栽培から醸造までを手掛ける初めての川崎産ワイン「蔵邸」が誕生した。

新宿から電車で約30分の川崎市麻生区岡上。最寄り駅から徒歩10分ほどの場所に約30アールのブドウ畑と醸造所「蔵邸ワイナリー」がある。ワインを製造するのが農業生産法人、カルナエストだ。

山田貢代表は岡上で代々続く農家の9代目。「相続や後継者不足などで農地も農家も年々減っていく。限られた農地しかない都市農業は栽培だけでは生き残れない」と危機感を抱き、生産から加工、販売まで一貫して担う「6次産業化」に力を入れている。

ブドウ栽培は13年から始め、17年に初めて収穫。当初は醸造を都内のワイナリーに委託していた。だが、18年の酒税法改正でブドウの生産地と醸造地が同じでなければラベルに「川崎」という地名が明記できなくなった。

そこで、醸造法を学び、市が国から認定を受けた「かわさきそだちワイン特区」を活用して果実酒の製造免許を取得。念願の純川崎産のワインを完成させた。「地元産のワインがあることで、飲食店、イベントを通じて多くの人とつながることができる」という山田代表の強い思いから生まれた。

ワイナリーの敷地内にある築130年の土蔵にちなんで「蔵邸」と命名した。「初めての醸造で出来が不安だった」(山田代表)というが、ピノ・ノワールやシャルドネ、メルローなどをブレンドして醸造したロゼワインはすっきりとした酸味が特長で、コクがあり、食事にも合わせやすい。蔵邸の製造量は年間約350リットルにとどまるものの、今ではロゼのほか、赤、白、オレンジ、スパークリング、ヌーボーも醸造している。

ソムリエの資格も持つ山田代表はワイナリーで月に2回ほどワインスクールも開いている。講座ではワインの基礎知識だけでなく、会員たちに栽培から醸造までを体験してもらう。
アクセスが良いことから都内の受講者も多く、「実際に栽培や醸造を体験することで、ワインについての理解と愛情がより深まった」と好評のようだ。ワイナリーでは秋にヌーボー、春にリリースイベントを開くなど、認知度を上げるための取り組みも始めた。

もっとも、現行の特区の規定では、蔵邸はボトル販売が認められず、ワイナリーとカルナエストが運営する市内の農家レストランでしか味わうことができない。広く流通させるためには製造量を増やし、別の特区の条件を満たす必要がある。

「醸造設備は十分に余力がある。新規就農者にブドウ栽培に取り組んでもらったり、自家栽培のイチゴのワインを造ったりして川崎産ワインの製造量を増やしたい」と山田代表は力を込める。実現に向けてのハードルは高いが、蔵邸が都市農業の可能性を広げる起爆剤になるかもしれない。

一醸一樽の精神、熟成の途上 長浜蒸留所のウイスキー
使われなくなった旧道のトンネルにウイスキー樽(たる)が並んでいた。長浜浪漫ビール(滋賀県長浜市)のウイスキー部門、長浜蒸留所の貯蔵庫だ。長さ300メートルのまっすぐなトンネルに入ると、暗闇の中に1000以上の樽が眠る。トンネル内は年間を通じて温度が一定で熟成がゆっくり進み、さわやかでフルーティーな仕上がりになるという。

ここや廃校で熟成されたウイスキー「AMAHAGAN(アマハガン)」の1品種が2020年のワールド・ウイスキー・アワード(WWA)の1部門で最高賞を獲得した。輸入原酒をベースに長浜で造ったモルト原酒をブレンドしたものだ。

チーフブレンダーの屋久佑輔さんに教わってアマハガン5品種をテイスティングした。グラスに少量入れ、まず色あいを見る。グラスを揺らして香りをかぐ。利き手と同じように左右で利き鼻があると知った。口に含み、かむようにして口全体に広げて味わう。飲み込む前に鼻から息を吐いて余韻の長短を感じる。
5品種は熟成させる樽の材質や過去の使われ方によって仕上がりが異なる。バーボン樽やワイン樽、日本特有のミズナラ材などがある。それぞれに個性を感じるが、言葉で表現するのは難しい。屋久さんは「人によって感じ方や表現が違うのがウイスキーの奥深さ」という。記者はミズナラ樽で熟成した品種に最も鮮烈な印象を受けた