海軍特攻隊の生みの親と言われる大西瀧治郎は、必ずしも特攻作戦に積極的ではなく、これを「統率の外道」と呼び、こんなことまでしなければ戦えない状況になっていると知れば、天皇が戦争を止めてくれるだろうと期待していたと言われている。

しかし、フィリピン戦線における初期の特攻作戦の戦果を聞いた裕仁の反応は「よくやった」という「お褒めの言葉」だった。天皇に褒められた以上、止めるわけにはいかない。結果、特攻作戦は際限なく拡大していくことになるhttps://vergil.hateblo.jp/entry/2018/08/16/165326