権力という怪物は、人の死さえもエサにする。衝撃のただ中で、岸田総理をはじめ永田町の有力者たちは、令和最大の政局を勝ち抜くために権謀術数を巡らせていた。激変する政界地図をすべて書く。

生涯最大のチャンス

 「こんなことまで書かれて、黙ってられるか!」

 憤りもあらわに、居並ぶ安倍派の議員らに紙を配って回るのは、同派最長老の衆議院議員・衛藤征士郎である。7月21日昼、自民党本部で開かれた安倍派総会。やつれた表情の昭恵夫人も姿を見せ、沈鬱な雰囲気の中で、衛藤の声が鋭く響いた。

 〈(安倍派には)誰一人、全体を仕切るだけの力もカリスマ性もなく……〉

 配られたのは、自民党の前幹事長・甘利明が前日に公式サイトへ載せた「国会リポート」のコピーだ。そこには、主を失って漂流を始めた、安倍派を揶揄するかのような言葉がつづられていた。

 「衛藤さんは怒るけれど、正解だよ。安倍派の崩壊は避けられそうもない」

 ある安倍派ベテラン議員はこう語る。

 「清和研(清和政策研究会=安倍派)は長年、森喜朗さん、小泉純一郎さん、安倍さんと大物が要になってきたが、今は誰もいない。塩谷(立衆院議員)さんは誰にも好かれてもいないし嫌われてもいないから会長代理になっただけ。他の幹部は全員、派閥内でいがみあっている内弁慶ばかり」

 総理を退いてなお、自民党最大派閥を率い、永田町の実質的な最高権力者であり続けた安倍晋三。その唯一の弱点が、後継者の不在だった。

 安倍派では塩谷とともに会長代理に就いた下村博文のほか、西村康稔、世耕弘成、萩生田光一が有力幹部五人衆と言われるが、どれも安倍の存在感と実力には及ばない。というより、安倍は自らの権勢を不動のものにするため、後継者を育てようとしなかったのである。

 それが裏目に出た。安倍派はいまや、頭部を失ってなおフラフラと歩き続ける鶏のようなものだ。バラバラに解体され、食われるのを待つだけの存在になってしまった。