〈前略〉

実際、映画の画面とテレビの画面とを較べてみると、その違いは歴然としている。あくまで視覚的なメディアに徹している映画では、マイクロフォンという録音器具は間違っても画面に映っていない。実際、撮影にあたってのキャメラマンの最低限の慎しみは、マイクが床の上や壁などの表面に影としてすら映っていないようなアングルを選択することにあるからだ。キャメラの近くに添えられているマイクを画面から排除することが、撮影の基本だからである。ところが、テレビの場合は、ほとんどの画面で、出演中の男女の胸もとにちっぽけなマイクが見え隠れしており、ときには、マイクを吊した長い棹を握る男どもがうろうろしているさまを画面から遠ざけようとすらしていない。このだらしのなさがいかにも醜いのである。

〈中略〉

たまたま今晩のNHKの「ニュースウオッチ9」を見てみたところ、女性キャスターの和久田アナウンサーは、胸もとが細くV字型に裂けた趣味のよい薄グリーンの衣裳をまとっているが、そのV字の切れ目の向かって左はしに小さいことがその醜さをいささかも軽減することのない不細工なマイクを装着されており、それが胸もとに覗く金属製――素材が何かは判別しがたい――のネックレスと相殺しあい、いかにも惨めである。また、「news23」のキャスター小川アナは丸首の白いブラウスをまとっているが、首の下から伸びた黒いコードが白い衣裳を醜く彩っており、陰惨きわまりない。
 女子アナといえば、テレビ芸人有吉某と結婚したばかりの夏目三久も、「ブラタモリ」でいきなりブレークした桑子真帆も、出演者たちをタメ口で鼓舞しているうちにヴァラエティー的な人気者になってしまった弘中綾香も、こうした潜在的な女性蔑視につながるマイクの可視性には絶望することなく、ひたすらそれにたえ続けたのだと思う。ことによると、視聴者たちの美意識のまったき不在に同調していないと、人気者にはなれないと諦め、マイクの呪縛などまったくなかったことにしていたのかもしれない。
 ちなみに、「ニュースウオッチ9」の男性キャスターの田中記者も、背広の襟の向かって右側に小型マイクを添えているが、そのことによる画面の劣化効果についてはひとまず黙っておく。ただ、女性の衣服にふさわしいマイクを創造しえていないという技術的な欠陥が、結果として、無意識の女性蔑視の風潮を煽りたてているような気がしてならない。例えば、風雨の中で必死に現場中継をしている嵐の日の女性記者たちは、あたかも勃起した男根さながらのマイクを握りしめ、ゴムで被われたその亀頭部分にひたすら唇を近づけたりしていることが多いが、そんな卑猥な光景が平気で許されているのも、音声メディアとしてのテレビが本質的にだらしのないものだからだろう。断るまでもなく、わたくし自身が、そうした醜い想像をひそかに楽しんでいるわけではまったくない。ただ、マイクという素材の形態的な不快さが、

〈後略〉

マイクの醜さがテレビでは醜さとは認識されることのない東洋の不幸な島国にて|些事にこだわり|蓮實 重彦|webちくま
https://www.webchikuma.jp/articles/-/2459