一家の大黒柱が突然ひきこもり状態になるケースがある。そうした場合、家族はどのような対策を打てばいいのか。社会保険労務士でFPの浜田裕也さんが、妻子のいる家電メーカー勤務の36歳男性が仕事のストレスなどで一歩も家の外へ出ることができなくなり、退職を余儀なくされた事例を紹介する――。

「ひきこもり」と聞くと「子供がひきこもっている高齢の家族」をイメージしがちですが、必ずしもそのようなケースばかりではありません。中には、配偶者がひきこもるケースもあるのです。

「夫(36)がひきこもりのような状態にあり、将来のお金の見通しが立たない」。今回、そのような悩みを持つ妻(37)から筆者は相談を受けることになりました。現状を把握するため、まずは家族構成や家計収支をお聞きすることにしました。
■家族構成
夫 36歳 無職
妻 37歳 パート主婦
長男 6歳 小学生 ■収入(月額) 合計 31万円
夫 傷病手当金 25万円
妻 パート収入 5万円
児童手当 1万円 ■基本生活費(月額) 合計 26万500円
食費 6万円
水道光熱費 1万6000円
通信費 1万5000円
家賃 9万円
日用品・雑費 1万円
理美容費 8000円
衣服 8000円
医療費 5000円
交通費 5000円
学校教育費 1万円
民間の保険(夫婦の医療保険および学資保険) 1万9000円
夫婦のお小遣い 1万円
国民年金保険料 0円(夫婦ともに全額免除)
国民健康保険料 4500円 ■貯蓄額
現金預金 600万円

月の家計は現状約5万円の黒字ですが、妻によると、支出は月26万5000円の基本生活費の他にも、学校行事費用や家電の買い替え費用なども発生しているので、年間の家計収支はやや赤字状態にあるとのことでした。

妻は「少しでも家計の足しになれば」と思いパートをしていますが、子供(6)は小さく、療養中の夫を家に残して長時間働くこともできません。仕事、家事、育児、夫のケアに奔走している妻の顔には疲労が色濃く浮かんでいました。

筆者は、夫が毎月得ている傷病手当金25万円について妻に確認しました。

月給の3分の2の傷病手当金は1年6カ月しかもらえない

夫は1年ほど前まで家電メーカーの営業職として働いていました。職場の内外で人間関係によるストレスを感じることが多く、さらに仕事の拘束時間が長いということもあり、次第に体調を崩しがちになっていきました。

夫は「自分が働いて家族を支えなければならない」という強い責任感を持ち、体調が優れない中、無理をして仕事を続けていたそうです。しかし、そのような状況は長くは続きませんでした。

ある朝、会社に向かおうとした夫は自宅の玄関から一歩も動くことができなくなってしまったのです。そして「このまま消えてなくなりたい」といった思いが湧きおこりました。その瞬間、全身からサーッと血の気が引くような感覚に襲われ、体に力が入らなくなり、その場にしゃがみこんでしまいました。その日は会社を休んで様子を見ましたが、翌日もその次の日もやはり玄関から一歩も外に出ることができませんでした。

会社に行けなくなったため、有給休暇を利用してしばらく療養をしていました。しかし一向に良くなる気配はありません。夫は一日中思いつめたような暗い表情をしていたので、心配した妻は夫を心療内科に連れていきました。医師からは適応障害と診断され、仕事をしばらく休むようアドバイスを受けました。夫は医師の指示に従い、引き続き自宅で療養することに。有給休暇をすべて消化しても状況が改善しなかったため、傷病手当金を受給することにしました。

傷病手当金とは、病気やけがのために会社を休み、会社から十分な報酬(給与など)が受けられない場合に支給されるものです。傷病手当金の額はおよそ月給の3分の2になります(支給期間は、令和4年1月より支給開始日から通算して1年6カ月)。

傷病手当金を受給して1年ほど休職をしていましたが、職場復帰のめどが立たず、会社にも迷惑がかかってしまうという思いもあり、自ら会社に退職を申し出ました。

https://president.jp/articles/-/60722?page=1