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桂文枝「新婚さんありがとう!」 司会半世紀ふり返って
名物「椅子コケ」秘話も明かしまっせ

「んなアホな!」と椅子から転げ落ちる椅子コケ。新婚カップルによる、アツアツのおのろけ話にあてられて見せる番組の"お約束"だ。

日曜午後の「新婚さんいらっしゃい!」(テレビ朝日系)。この番組の司会を務めて51年になる。同一司会者によるトーク番組の最長放送としてギネス世界記録にも認定済みだ。放送開始が1971年1月だから、当時私はまだ桂三枝を名乗っていた。

関西の放送局はかねて、視聴者参加番組や喜劇番組づくりに強い。当時朝日放送(現朝日放送テレビ)の名プロデューサーだった澤田隆治さんからあるとき「新婚カップルが出演する番組をつくりたいのだが」と打診された。私もラジオ・テレビの司会をいくつかこなしていたので、その手綱さばきを見込んでいただいたのだろう。当初は「4月の番組改編までの3カ月間」という場つなぎ企画にすぎなかった。それが新婚カップル約5000組を迎えるほどの長寿番組になろうとは。

日曜の午後、茶の間はテレビの前から人がいなくなる。「魔の時間帯」と放送局は呼んでいた。それでも番組は78年に最高で視聴率32%台(関西地区)をたたき出した。
司会進行でひそかに心がけてきたことがある。出演者の新婚カップルに台本にないことを問いかけ、本音を引き出すのだ。制作に先立ちスタッフがあらかじめカップルのなれそめや日常を聞きだし、台本を用意する。ところが台本通りに収録すると、どうしても平板になりがちだ。

椅子コケは、こうした予定調和をそらそうと編み出した。出演者が同業のお笑い芸人なら「何いうてんねん」とド突いたりたたいたり、あるいは当人のクセや特徴をあげつらう。相手も負けじと応酬し、笑いの渦に番組は盛り上がる。

ところがそんな突っ込みは一般の出演カップルを傷つけかねない。そこでこうしたイジリはあえて封印し、代わりに台本にない話題で水を向ける。当惑した男女から引き出した本音にド突き返すのでなく、やや大げさに反応してみせたのが、椅子コケなのだ。

番組は文化輸出にもひと役買っている。朝日放送テレビが構成・演出などノウハウ一式をベトナムの放送局に供与。ご当地の司会者と出演者で制作する番組が放送されているのだ。フォーマット販売というらしい。椅子コケも伝授し、国際親善に貢献できた(?)のは司会者として鼻が高い。

番組名物として根を下ろした椅子コケも、このところは手控え気味。来年80歳を迎える体をいたわるからではない。むしろ公開収録がスタジオ撮りになるなど、新型コロナウイルスを警戒して、観客のいない舞台なのに何をそこまで、としらじらしく思えたからだ。


番組が軌道に乗り出したころは、私も20代後半。新婚さんとほぼ同世代で、団塊の世代が続々と結婚していた。半世紀が過ぎ、見渡せば男女模様は様変わりした。椅子からこける機微も一筋縄ではいかない。

最近はなれそめがマッチングアプリ、というカップルもいる。このあたりになるとアプリの存在こそ知ってはいても、使いこなしに精通しないと話題に乗れない。司会さばきの難易度は上がっている。「ここらが潮時」と3月いっぱいで番組を卒業することになった。

司会はあと3回で、後任の藤井隆さんにバトンタッチする。新婚カップルは50年前に比べてぐっと減ったが、無くなることはない。どうか、世相を映す鏡として新婚さんをよろしく。