『ちょっと思い出しただけ』はなぜ“忘れられない”一作に? 時間遡行が生む救済に似た感動

 池松壮亮と伊藤沙莉が共演した松居大悟監督作『ちょっと思い出しただけ』のBlu-ray&DVDが、9月2日にリリースされる。
ジム・ジャームッシュ監督の映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』に触発されたクリープハイプの尾崎世界観が作り上げた楽曲「ナイトオンザプラネット」を受けて、
松居監督が書き下ろしたラブストーリーであり、第34回東京国際映画祭(2021年)では観客賞とスペシャル・メンションを受賞した。

 本作において非常に印象深いのは、「いい映画だった……」としみじみ語る人々が多いということ。
それは本作に漂う懐かしさや寂しさはもちろんのこと、観た者が意識的/無意識的に自身の思い出を重ね合わせてしまうからでもあろう。
照生(池松壮亮)と葉(伊藤沙莉)という恋人たちを中心に、
2021年から数年間の思い出を静かにさかのぼる(しかも照生の誕生日という1日に限定して)という設定の時点で切なくドラマティックな物語になりそうな予感はしていたが、
映画単体のクオリティに加えて「時代性」「不可逆性」「トレンド」といった、観る者の感慨を増幅させるいくつかの(そして副次的な)要因も寄与したように感じられる。

 では、『ちょっと思い出しただけ』に顕著な「時代性」「不可逆性」「トレンド」とは? 
まずはやはり、2021年に公開されたという時代性だ。言うまでもなくコロナ禍のなかで、我々の脳に焼き付いた感情といえば「戻りたい/戻れるのか?」であろう。
2020年まで過ごしてきた当たり前の日常が瓦解し、「ニューノーマル」と呼ばれる“何か”にアジャストせねばならない状況に追い込まれた渦中において、
意識が過去に向かう「懐かしむ」方向に向かうのは至極当然のこと。
とはいえ我々の生きる実時間は不可逆であり、常に未来に向かって進んでいく。
戻りたい心と進んでいく身体を抱えているなかで、映画という時間の芸術が「さかのぼる」方向に進んでいくのは、非常に理に適っている。

https://realsound.jp/movie/2022/09/post-1118922.html