イスラムが西欧に敗北する契機になったもっとも象徴的な事件は、1571年にキリスト教国側の連合艦隊(ローマ教皇庁・スペイン・ヴェネツィアで構成)がオスマン帝国艦隊を破ったレパントの海戦とされている。しかし、実はもっと大きな歴史上の分岐点があったと、在野の物理学者である長沼伸一郎は説く。(本稿は『世界史の構造的理解』から一部を抜粋し、再編集しました)。

■イスラム社会で「立法権」を持つのは

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■ウラマーは微分積分を受け入れなかった

 ところがこのウラマーは、歴史の大きな流れのなかで近代西欧の新しいテクノロジーに対応することができなかった。彼らは代数学などでは高いレベルを誇っていたが、西欧が生み出した画期的な新兵器である「微積分学」を受け入れることができなかったのである。

 この新兵器は、それを使えば天体であれ砲弾であれ空気の分子であれ、とにかくこの世の「動く物体」について、その未来位置を正確に予測して対応することができ、言葉を換えれば森羅万象の動きをすべてコントロールする能力を人類に与えた。

 これはそれまでの数学とは次元の違うほどの威力をもつもので、その力がついには人類を月に送り届けることを可能にしたのであり、それをもつかもたないかは文明の能力として決定的な差となって現われる。そのため、それに乗り損ねたことは、イスラムが近代テクノロジーから脱落する致命的な要因となってしまったのである。  

 では、なぜイスラムがそれに乗り損ねたかというと、それは、1つには皮肉にも彼らがむしろ高いレベルの数学をもっていたため、そのプライドが逆に災いしたこともあるが、西欧キリスト教文明が世界を「調和的宇宙=ハーモニック・コスモス」と考えたがるバイアスをもっていることが、大きく影響している。

 これは、西欧が古くからもつ一種の性癖である「すべての現象は幾何学的にきれいな形に調和している」と仮定する考え方から生まれた発想であり、彼らは宇宙も幾何学的に整合性がとれた形をしているだろうと見なす傾向が強い。ところがその一方で微積分学は、問題が幾何学的にシンメトリー性を強くもっているほど威力を発揮する、という特性をもっているのである。

■微積分学の弱点―「三体問題」が解けない

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■うわべだけの中東民主化は失敗を避けられない

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https://news.yahoo.co.jp/articles/f590821a1793056ecf4ea74b6fceac88b8788109