“堕ちた天才騎手” 田原成貴さん(63)、東スポに入社 [298194473]
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田原成貴氏が東スポに〝就職〟 競馬評論家として人生「シーズン3」のゲートが開く!
https://tospo-keiba.jp/breaking_news/20293
https://i.imgur.com/ctZ99iI.jpg
元天才ジョッキー田原成貴(63)が今秋、大きな決断を下した。
秋のGⅠシーズンを前に約10年勤めた会社を円満退社。東京スポーツに“就職”し、競馬評論家として本格的に活動をスタートさせる。
輝かしい騎手時代、暗黒のブタ箱時代を経験したさすらいの天才。人生の最終章のゲートは今、開いた。
好き勝手な人生を送り、たくさんの人を傷つけた。挙げ句の果てにデコ助にパクられ、ブタ箱にぶち込まれた。2年半の孤独な独房生活。
鉄格子を眺め50年の人生(うしろ)を振り返ったら、もう後戻りできないところまで来たことに気がついて、ゾッとした。
罪を償い、シャバに出たオレを待っていたデコ助に「10年辛抱するんやで。堅気の世界で」と諭され、堅い会社に無理やり連れていかれた。
競馬村という廓(くるわ)しか知らないオレには、世間という廓もそれはそれで堅苦しく、息苦しい世界だった。
「シフト」という用語も知らなければ「かしこまりました」なんて言葉は最初の頃は舌がもつれて満足に言えなかった。
世間という地獄で悪戦苦闘するオレに「もうそろそろどうでしょうか」と東スポさんが何度も復帰を懇願してくれた。
本音を言えば競馬を生業にするのはもういいと思っていた。今さらどの面下げて競馬を語れるんだ、と気恥ずかしい気持ちがあった。
「10年は辛抱する」というデコ助との約束もあった。それを口実に東スポさんの依頼を断り続けた。断っても断っても東スポさんからの依頼は続いた。気がつけばいつの間にか10年という月日がたち、オレは還暦を過ぎていた。63歳。これまでムチャクチャな人生を送ってきた反動で、体のあちこちは随分と痛んでいる。
何度も復帰を依頼され、顔を合わすうちにいつの間にか飲み仲間になっていた。
「カタはついたんですか、競馬に関して」
胸をえぐられるような問いかけだった。ケリもカタもついていない。自分が招いたことだが、中途半端な競馬人生だとつくづく考えさせられた。
どういう形であれ、最後はきれいに競馬とのケリをつけなければ。そんなことを日々、考えるようになった。
オレは10年お世話になった会社を辞めた。もちろん円満退社だ。
行く末を悩んでいる時、過ちを犯したオレに手を差し伸べ「真っ当に生きる」という約束の証しにスーツをプレゼントしてくれた社長に「田原さん、また競馬の世界で輝いてよ」と言われた。その言葉でオレは腹をくくった。
デコ助との約束の10年を迎えた今年の秋、それまで住所も電話番号も書いていなかった名刺に、オレは「東京スポーツ」と肩書を付けた。
シーズン1が騎手時代、シーズン2が調教師と暗黒のブタ箱時代。そして、オレにとって最後になるであろうシーズン3のゲートがいよいよ開いた。
人の道を踏み外し、多くの人を裏切ってきたオレだが、唯一誇れるのは自分に正直に生きてきたことだ。それはシーズン3でも変わらない。
ただひとつ、最後は自分のためじゃなく、人のために生きようと思う。デコ助、オレは約束を果たすぞ。そして天国の谷八郎先生、どこかで見守っていてください。 波乱万丈な人生だねこの人天才ってこういう破綻したところがある人多い印象 マヤノトップガンの田原?
ムショ入ってたの?知らんかったわ 展開予想はマジで神がかってる
馬券の買い方はやっぱり下手 この人って競馬関係の仕事一切携わっちゃいけないんじゃなかったっけ?
youtubeで東スポチャンネルの展開予想やってるの見かけた時はちょっと驚いた
しかも結構参考になる。義みたいな若手の内に辞めた騎手の予想よりよっぽど そして地獄の土田世紀先生、どこかで見守っていてください。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています