いずれにせよ、このように趨勢的に成長率が低下してくると、家計部門で
は将来の所得に対する不安が強まり、個人消費が伸びない原因となりますし、
企業部門では将来のための投資活動を抑制することになります。そうなると、
企業や家計の支出活動の委縮がさらに現実の成長率を引き下げ、それが成長
期待の低下をもたらすという悪循環につながってしまいます。
経済活動と物価の関係は、人間の基礎体力と体温の関係に喩えることがで
きます。体温を正常な状態に上げるためには、基礎体力を上げる必要があり
ます。これと同様に、物価を適度に上げるためには、日本経済の成長力、成
長期待を強化することが不可欠であり、それなしにデフレ問題の解決はでき
ないという事実を直視する必要があります。もちろん、物価だけが先行して
上昇するケースもあります。例えば、1970 年代から 1980 年代にかけての2
回の石油ショックがそれに相当します。しかし、原油価格の高騰が物価には
ねてくるようなケースを考えればわかるように、物価だけが上がったとして
も、それで企業業績や人々の暮らしが改善するわけではありませんし、そう
した状態を我々が望んでいるわけでもありません。要は、実体経済が改善し、
それが自然に物価上昇につながっていくという順番で望ましい状態を実現す
ることが大事です。

しかし、成長力を強化するという課題は、日本が直面している急速な人口
高齢化という条件のもとではたいへん難しいチャレンジです。簡単な試算を
お示しします。経済成長率は、就業者数の増加率と、就業者一人当たりの国
内総生産、つまり生産性の上昇率に分解できます(前出図表6)4
。まず就業者数の増加率は、2000 年代に年平均で−0.3%とマイナスに転じた後、最近
発表された国立社会保障・人口問題研究所の推計値などを基に試算すると、
2010 年代に−0.7%、2020 年代には−0.8%、そして 2030 年代には−1.2%と
減少テンポを加速させていきます。一方、生産性の上昇率はリーマン・ショ
ックの影響もあって振れもありますが、最近のトレンドをみると過去 20 年平
均は1%、2000 年代に入ってリーマン・ショック前までの平均で 1.5%程度
です。ちなみに、この生産性の上昇率自体は現在でもG7諸国の中でも遜色
はなく、2000 年代に入ってリーマン・ショック前までの時期では最高水準で
す。しかし、この生産性上昇率を就業者数の減少率に足し合わせて経済成長
率を算出してみると、2010 年代には年平均 0.5%程度にとどまり、先行きは
もっと低下してしまうという厳しい計算結果が得られます。

https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/data/ko120217a1.pdf