トランスジェンダー役を、そうでない俳優が演じてはダメな理由
猿渡由紀 | L.A.在住映画ジャーナリスト

トランスジェンダーの役はトランスジェンダーの俳優に、という動きは、やはり最近出てきた、
アニメで黒人やアジア系の声を白人の役者がやらないようにという動きと、根本で一致している。

これらは、「過剰反応」でも、単なる「ポリコレ」でもない。そうでなかった今までが不自然で、間違っていたのである。

一番大きな理由は、すでにたくさんチャンスのある人が、もともとチャンスのない人から奪うべきではないということ。
ヨハンソンは、わざわざこのトランスジェンダー男性を演じなくても、ほかにいくらでもオファーがある。
一方でトランスジェンダーの男優にとっては、「自分のためにあるような役」と感じられる、生涯で一度来るか来ないかの役だ。
だが、競争相手がヨハンソンでは、まず、かなわない。

それに、作品のためにも、自ら経験している人が演じるほうが良いのだ。
実際にその立場でないとわからないことが反映されるし、「ここは不自然」「ここはステレオタイプ」といったチェックも、まめにできる。
また、「トランスジェンダーとハリウッド~」でも指摘されるが、シスジェンダーがトランスジェンダーを演じると、そこの部分がすべてになってしまいがちなのである。

トランスジェンダーという部分はそのキャラクターの一部であり、その人はあくまでひとりの人間なのに、
演じる役者も、観客も、いかに男っぽく(あるいは女っぽく)見えるかに集中してしまうのだ。

アニメの声の場合も同じで、黒人と白人は声の質もしゃべり方も違うのに、あえて白人にそれを真似させる理由はない。
最初から黒人の声優を雇い、その人らしくのびのびとやってもらうほうがいい。

それに、白人には、そもそも声をやれるキャラクターが、ずっとたくさんある。
「ナチュラルウーマン」では、トランスジェンダーの主人公をトランスジェンダーの女優が演じた(Sony Pictures Classics)

やっと始まったこの動きを常識にもっていくためには、しかし、製作にかかわるすべての人々の理解が必要だ。
とりわけ、スタジオのトップやプロデューサー、投資家に、それが求められる。
https://news.yahoo.co.jp/byline/saruwatariyuki/20200710-00187426/