「ごんぎつね」って、子供たちにどういう教訓与えるために教科書に載せてんの? [126099962]
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「ごんぎつね」が伝えるもの=小学校教諭・匂坂裕一郎・39(大分県)
4年国語科で新美南吉の「ごんぎつね」を学習した。いたずらばかりしていたきつねのごんが、
村人・兵十の母の死をきっかけにつぐないを続け、最後に兵十に銃で撃たれてしまう悲しい結末で物語は閉じる。
独りぼっちという同じ境遇にありながら、最後まで心を通わせることができなかったごんと兵十の姿に、
考えさせられるところが多々あった。
きつねと人間という物語の設定ではあるが、生まれや育ち、言語や文化が違う者同士が互いに認め合い、仲良く生きていけないのだろうか。
子供たちの多くは、ロシアとウクライナの関係を思い浮かべたようだ。
また、人間社会に近づくほど危険な目にあっている動物たちをイメージした子供もいた。
害獣として殺されていくイノシシやシカ、クマなどである。「ごんぎつね」から人間の孤独や疎外といった、
今の社会にも顕著に表れている問題が見えて来る。優れた文学作品だ。
https://mainichi.jp/articles/20221024/ddm/005/070/006000c 悲しむのも後悔できるのも全ては力を持って生き残ってからの話
暴力は正しい 自分のやった仕事はちゃんと自分がやったとアピールして正当な評価を得ましょう。
外資企業の人事評価面談では当たり前のことです。 「手袋を買いに」の方が謎だわ
魔法が上手なかあちゃんが買いに行けば良いのに 二十そこそこの若造が書いた物語が五十年も教科書に載りつづけるとはな くりをあげたのはぼくですよん ごん
って伝言を残しておくべきだったのだ 「兵十のおっかあは、床(とこ)についていて、うなぎが食べたいといったにちがいない。それで兵十がはりきりあみを持ち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎを取って来てしまった。だから兵十は、おっかあにうなぎを食べさせることができなかった。そのままおっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいと思いながら、死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらをしなければよかった。」
自民党議員より有能だな 新美南吉はデンデンムシの悲しみの方が子どもに見せるべきだよな 安倍仕草は有効だ、変に情けかけるな悪でいろ って方向にもとれちゃうよな、いまとなっては まだなんとなく言いたいことはわかる
一番何が言いたいのかわからないのは浦島太郎 新美南吉ならおぢいさんのランプこそ載せるべきだよなあ いつも悪いことしてたらたまに良いことしても悪いことしてると勘違いされるからいつも良いことをしようね! 物語にはわかりやすい教訓があるとは限らない(教訓がある物語が優れた物語なのではない)というのを伝えるのは有益かもしれん まあ人生ってリアルにそんなもんだよな
こっちが何かしてあげたと思っていても
相手は全然そう思ってなかったり 銃社会のアメリカ人に読み聞かせたほうがいいんじゃねーの? どんな話か覚えてないわ
俺のおすすめ昔話見て和んでくれ
https://youtu.be/WW_-xl-g_H0 ディスコミュニケーションによる悲劇を描くことにより翻ってコミュニケーションの大切さを伝えている コミュニケーションができてればこんなことにはならなかった どうにもならないやるせなさ、悲しさとかそういうのじゃないの知らんけど 狙撃手の存在が予想される場合は遮蔽物に身を隠しながら接近するべき 結果が報われなくても後悔しない生き方をしろっていうことじゃね 日本も銃解禁して国民全員が銃を携帯する安心社会へ(´・ω・`) ・世の中には絶対に許されないことがある
・償いを、お天道様は見てないので、被害者に説明する誠意も必要
これなんの話なの?マジで 昔話には教訓なり寓意が必ず込められているはずだという
間違った考えは改めましょうという教訓 最後にウナギを食べたいと言った婆さんの
晩飯を盗んだんだっけ
駄目は駄目でも、殺されるほどのことではないような 物語をとおして犯罪(窃盗、殺人)の悲しみとやるせなさを教えてる
イタズラでもの盗んだり、言いぶんも聞かずに相手を殺すのは駄目だということを、説教ではなく寓話にして伝えている 安倍晋三と同じ仕打ちと考えたら
豊崎兵十は明らかにやり過ぎだろう
射殺ほどの大義はない 軽い気持ちの万引きでも
相手にとっては大切なことかも知れないよ?っていう教訓だったとして
その報いに自分の命を差し出すのでは
バランスが取れてない問題 人間にとって最も大切で偉大な行いは
それは人を許すことだ。
でも相手はキツネだから関係ない
やっぱり撃ち殺そう!!
これなんの話だよ 善意が報われるという因果応報のカルト思想を信じていると身を滅ぼす。
この世界は弱肉強食であることを忘れてはならない。
自分がどんなに善行を積んでいても災害や突発的な悪意に遭遇する事がある。
善意を行うのは良い事だが、因果応報思想の盲信はは盲目になる事と等しい。 去年母親亡くしたんだけどもうあと少しという時に一生懸命実家帰って大好きな寿司食べてもらったり好物の羊羹買って帰ったりした
今年子供に音読されて泣いたわ。ごんも可哀想だが兵十もうなぎを食べさせたかったろうよ このタヌキは普段から慈悲の心を持っていたらこんなことにならなかった 母親は病気か老衰で死んだのだろうし
最後に食べたいものが食べられなかった、からと言って
窃盗犯を撃ち殺して道理はないだろう!「 >>53
日本がこの先生きのこるための今の解釈ではこうだね
昭和の頃の解釈は捨ててもいいのかもしれん ハムラビ法典には
同じことをやり返せと書いてあったが
豊崎兵十のとった行動は、明らかにそれ以上。
やってることは野蛮以外の言葉では説明できない 改心しようがそれは己自身の自己満足であって
やられた側の恨み辛みは何一つ変わるものでは無い
しかし命を差し出す事によって清算出来る可能性はあるという教訓 要するに十如是だ
原因と結果
最初に狸がいたずらをした(因)によって死んだ(果) 教訓なきゃ載せちゃいかんの?
国語の授業だぞ?
何か勘違いしてるだろ 老衰か病気で死んだであろう母親の
ウナギを食べたかったという希望が叶わなかったからといって
それは命と引換えの罪になるのだろうか
ハムラビ法典より野蛮な報復を
どうやって養護できようか
俺がゴンの親戚なら、兵十のキンタマを食いちぎってやる 普段から悪いことしたらいくら更生しても無駄ってことだろ 浦島太郎も桃太郎も
俺らの子供の頃の時点で
なんども編纂をされて話は変わってると言うし
ごんぎつねも変えていいだろうよ
あまりにも理不尽な報告
アルカイダかタリバンと変わんねーだろ バッドエンド慣れさせる素材
ガキはほっとくとハッピーエンド中毒になって勘違いするからな >>10
子が死んでもまた産めばいいけど、母親が死ぬとそこで終わる。
リスク管理の教訓なんだよな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています