人間・小野田に迫る 映画「ONODA 一万夜を越えて」8日公開 アルチュール・アラリ監督に聞く
2021年10月7日 07時15分

 太平洋戦争の終戦を知らず、フィリピン・ルバング島の密林で三十年近くも潜伏を続けた旧日本軍少尉、小野田寛郎(一九二二?二〇一四年)の孤独な戦いを描いた映画「ONODA 一万夜を越えて」が八日、公開される。七月の仏カンヌ国際映画祭で、「ある視点」部門のオープニングを飾った作品。小野田の人物像に関心を持ち、脚本も書いたフランスの気鋭アルチュール・アラリ監督(40)=写真=に聞いた。 (鈴木伸幸)
◆「最後の日本兵」の光と陰 等身大で
 一九四四年、陸軍中野学校で特殊訓練を受けた小野田は、ルバング島でのゲリラ戦の指揮を命じられる。最重要任務は「何が起きても生き延びること」。ジャングルで仲間が次々倒れていく中、小野田は終わりの見えない戦いを続ける…。
 「三十年間も潜伏できたのは、日本人だからではない。小野田だから。その特異性には誰もが感じる普遍性がある」。八年ほど前に父親から小野田について聞き、映画化を計画。調べれば調べるほど「人間・小野田」に引かれたという。
 撮影は二〇一八年十二月から約四カ月間、カンボジアの密林地帯で行った。日本人キャストほぼ全員をオーディションで選び、彼らに言ったのが「記憶に残る小野田のイメージを頭から消して、その場その場でシンプルに演じてほしい」。時に激しいスコールが降る中での撮影で全員が孤独な戦いを疑似体験し、「人間・小野田」を描くために一体化できたという。

 小野田の帰国は一九七四年。「最後の日本兵」として英雄視された。しかし、潜伏中に島民から物資を略奪し、時には殺害していたことが明らかになり、評価は二分された。
 監督自身も英雄視はしていない。「二十歳そこそこの若者が未知の孤島に派遣され、生き抜くには時に人間性を捨てなければならない。光があれば、陰もある小野田を等身大で描いた」
 本作には、小野田の自伝「たった一人の30年戦争」(東京新聞)と異なる描写がいくつかある。自伝によれば、中野学校で節や振りを臨機応変に崩した「佐渡おけさ」を通じゲリラ戦の極意を教えられた。「ゲリラ戦にセオリーはない」ということだが、劇中は教官が実技指導で佐渡おけさを歌い、極意を教える。
 「場面を想像して、創作した。事実を描き写すのではなく、ドラマとしての演出だ」とする。他にも小野田に同行した兵士が島民に殺害されるシーンなどに相違はあるが、二時間五十四分の大作は史実から大枠は外れず、人物像に迫る内容になっている。
 長編デビュー作「汚れたダイヤモンド」(二〇一六年)で、フランス批評家協会賞・新人監督賞を受賞した気鋭は、日本の黒沢明監督や溝口健二監督を尊敬。本作には、太平洋戦争末期にフィリピンのレイテ島で敗走する日本兵を描いた市川崑監督の「野火」の影響も感じられる。「日本人、太平洋戦争といった視点を抜きに、人間・小野田を感じてほしい」と願う。
 小野田の青年期を遠藤雄弥、成年期は津田寛治が演じた。他にイッセー尾形、仲野太賀、井之脇海らが出演。東京・TOHOシネマズ日比谷などで公開。
◆「たった一人の30年戦争」自伝発売中

「最後の日本兵」としての体験や思いをつづった小野田寛郎自伝「たった一人の30年戦争」が発売中。1762円。問い合わせは東京新聞出版・エンタテインメント事業部=(電)03・6910・2527。

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