W杯開催地カタール、批判される「人権問題」の中身
史上最も高いW杯を支えた出稼ぎ労働者たち

カタールは、秋田県よりも少し小さい面積で外国人居住者を含めた人口は約280万人。カタール人に限ってみれば、30万人弱という規模だ。1人当たりのGDP(2021年のIMF推計)は約6万2000ドルだが、多くのカタール人の所得は1000万円超で、電気代や医療費、教育費など生活関連の費用の多くが無料だ。サウジは世界最大級の産油国だが、人口も多いために所得という面で見れば、カタールは世界トップクラスの金満国家と言える。

一方で、W杯に向けたスタジアムやインフラ整備で実際の労働力となったのがインドやパキスタン、ネパールなどの海外からの出稼ぎ労働者だ。湾岸産油国はどこも移民労働者で経済活動が支えられているが、カタールでも月数百ドルという低賃金労働で、酷暑の中で命を落とす者もおり、人権問題の存在が指摘されている。「恥のスタジアム」(英紙ガーディアン)との見出しで伝える海外メディアもある。

ただ、カタールでのW杯開催が決まって以降、海外からのカタールの移民労働者をめぐる実態が注目されたこともあり、2020年には、労働市場に関連した複数の法律が導入されるなどの改革が進展した。

「カファラ」という雇用者が保証人となり、仕事を提供してビザの発給も受けられる制度は、雇用者側に有利と批判されてきたが、これは廃止され、労働者は契約終了前でも自由に転職できるようになった。さらに、国籍を問わずにすべての労働者に対する同一の最低賃金も定められたほか、雇用者側は住居や食事についても費用負担を求められることになった。

在ドバイの経済関係者は「カタールの移民労働者の問題に脚光が集まったことで、ほかの湾岸諸国よりも改革が進んだことは間違いないだろう」と指摘する。

ただ、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は、こうした改革を歓迎しながらも、「改革は労働者の権利を守るためにはひどく不十分であり、法的にもあまり履行されていない。W杯開催に向け、厳しい視線が向けられたにもかかわらず、移民労働者は賃金に関する不当な扱いや法外なリクルート費用という問題に直面している」と指摘。移民労働者の死は十分に調査されず、遺族も補償を得られていないと批判している。

6500人以上が死亡したという報道も

ガーディアン紙は2021年2月、インドとパキスタン、ネパール、バングラデシュ、スリランカからの移民労働者6500人以上が、カタールW杯開催が決まった2010年から2020年の間に死亡したと報じている。政府や現地大使館の数字を集計したもので、移民労働者が多いフィリピンやアフリカ諸国などの数字は入っていない。

これに対し、カタール政府は病気や交通事故などによる死者も含まれており、不正確だと反発。W杯開催に向けた整備事業での死者は3人にとどまっていると主張し、移民労働者の権利を擁護する法制度も充実させてきていると訴えている。

数字に極端な乖離が生じたのは、労働に関連した死と認定する難しさがある。労災であるなら遺族に補償金を支払う必要が生じるため、カタール政府も企業も、労災認定に消極的という背景がありそうだ。

例えば、酷暑の中で歩いて十数階の高層ビルの建築現場で、30~50キロ入りのタイルを運んだという移民労働者の体験談などが伝えられているが、米CNNは、米ニューヨーク大教授の話として、暑さに関連した死は、明確に死因を特定するのが難しいと紹介している。

https://toyokeizai.net/articles/-/634758?page=3