そこまでするのはなぜか。
答えは、更生と社会復帰のためだ。ノルウェーには死刑も終身刑もない。量刑も日本などと比べると軽く、凶悪犯も原則、釈放されて社会へと戻っていく。

「ここにいるのは、やがてあなたの隣人になる人たちだ。どんな人に隣人になって欲しいか、ということだ」とフイダル所長。厳しく抑圧的な処遇は、社会への怒りや復讐心を秘めた隣人を育むことになる、と説明する。

「私たちの仕事は、良き隣人を育て、釈放することなんだ」
北欧ならではの手厚い福祉や人権意識の高さが背景にあるのかと思いきや、ノルウェーも少し前まで、受刑者に厳しい処遇をしていたという。

だが、逃走や抵抗が頻発し、刑務官が殺害される事件も発生。再犯率は60~70%に高止まりしていたという。

「取り組みを変えなければならないという機運が生じた」とフイダル所長。1990年代後半から更生と社会復帰に焦点をあて、犯罪の背景にある教育機会の欠如や無職状態、家庭内の不和などの課題を見つけ出し、解決するアプローチに変更した。

教育や職業訓練を与えて不足しているものを補い、さらに「外」に近い環境で日常生活を続ける習慣を身につけ、コミュニケーションスキルも磨くというものだ。

再犯率は劇的に下がり、矯正当局によれば、2014~18年の再犯率(出所後2年以内)は10%台後半から20%台前半に。北欧諸国でも最低水準に抑え込んでいる。

社会復帰へのモチベーションを高めるのに必要なのは、ハード面だけではない。整った環境や設備、豊富な教育・職業プログラムに目がいきがちだが、刑務官と受刑者の関係こそ重要という。

刑務官はできるだけ、受刑者と一緒の時間を過ごす。ご飯を食べ、ゲームやスポーツを楽しみ、打ち解けて話し合う。そうして、更生への「伴走者」になる。

所内を歩くフイダル所長に、受刑者から次々と声がかかる。「(スタッフの)夏休みでアクティビティーが少ない」「もっと作業がしたい。賃金(1日約1000円)も上げて」「今日は日本メディアの取材か。大きく取り上げられたら、たくさん予算がつくかもね」。所長へのおそれや敬意より、親しみがにじむ。フイダル所長も「文句ばかり言うなら、別の刑務所に送るぞ」と冗談まじりで答える。

ノルウェーで刑務官になるには、2年程度、専門の教育機関で法律や犯罪学、倫理学などを学ぶ。

受刑者252人に対し、全体で290人のスタッフがいて、このうち刑務官は約170人。女性に人気の職業で、半数が女性という。教師やソーシャルワーカーとして所内で働く人たちにも女性が目立つ。

女性刑務官の1人は「怖いと思った経験? ありません。受刑者同士のトラブルはありますけど、仲裁は女性の方が上手ですよ」と笑った。フイダル所長は「オスロの目抜き通りより、ここの方が安全だ」と自信たっぷりだ。