「中小企業に歓迎されると思った」50代男性の嘆き | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
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(前略

「ふざけるな!」

のどかな店内に怒気を含んだ声が響いた。たまたま居合わせた数名の客が心配そうにレジ前の様子をうかがう。自ら発した大声で河西の興奮はさらに高まる。

クレーマーとは何だ。あまりに失礼じゃないか。テーブル越しに睨みつけると、若い男性店員はうつむいたままだ。

「たいへん失礼をいたしました」

お詫びの言葉とともに店長が姿を見せた。何度もお辞儀を繰り返す店長。

(後略

河西敏夫54歳。妻、大学1年の息子と3人家族。

仕事は財閥系メーカーの経理部長。この肩書きは来年まで。そこで役職定年を迎えるため、来年春から部長から格下げになる。

役職定年に先立って早期退職の募集があった。河西はこの早期退職に応募するつもりだった。会社に居残るのはやめて、中小企業へと転職する。それができるのが経理職だと思っていた。工場の原価計算から決算・税務まで一通りの経理実務を経験した自分は、中小企業メーカーから歓迎されるはずだと信じていた。

しかし、その目論見はみごとに外れた。転職エージェントに誘われて登録したものの求人はごくわずか、しかも給料はお話にならない安さだった。

「自分はこれっぽっちの価値なのか」

河西は自分の甘さを思い知った。頭ではわかっていたが現実は格別だ。さらにショックだったのが、同期入社2人が転職を果たしたこと。営業と人事の彼らが転職できて、なぜ経理の自分はダメなんだ。

早期退職に失敗した頃から言い知れぬ無力感に包まれ、ささいなことでイライラするようになった。

「これから、どうなってしまうのだろう」

自分の処遇や仕事内容、そして収入に不安はつきない。役職定年になれば給料は3割も下がる。まだ息子の学費もあるし、住宅ローンも残っている。頼りの貯金もここ数年は減る一方。まるでわが身が削られるようだ。

金の心配だけで気分がふさぐというのに、さらに憂鬱なのが家庭のこと。

高い学費に耐え、家族のために買ったマイホーム。そのために毎日の長時間通勤と職場の理不尽に耐えてきた。

それなのに、わが家から会話が消え、自分の居場所がなくなってきている。ささいなことで不満が溜まるうちに家族との会話がなくなった。必要なこと以外話さない日々。妻と子どもは笑顔で冗談を言い合うが、私がその輪に入ることはない。これからずっとこんな寒々しい日々が続くのかと思うと気が滅入る。

私はいったい何のために働いてきたのだろう。何のために生きているのだろう?

いつものようにベランダへ出ると、河西は夜空を見上げながらため息をついた。

(後略