https://tk.ismcdn.jp/mwimgs/b/1/570/img_b1a9d5f421bb506dce48f3819532f63784444.jpg

ONEチャンピオンシップの試合会場では、いつも「ケージ」(円形リング)のすぐそばにノーネクタイで屹立するONEチャンピオンシップCEO、チャトリ・シットヨートン氏(51歳)の姿を見ることができる。経営者が自ら試合の解説をこなしているのだ。チャトリ氏は団体のトップであるだけでなく、熱烈な格闘技ファンでもある。

チャトリ氏の半生は多彩すぎるほどに多彩だ。父はタイ人で母は日本人。2人は父が日本に留学していた時に巡り合った。チャトリ氏も1学期だけだが日本留学の経験があり、日本語での会話が可能だ 。「漢字も1000くらい覚えて、日本語の新聞も読めた」と当時を振り返る。

一家離散の危機からハーバード留学

父がタイでの建設業で成功したこともあり、家庭は徐々に裕福になってきていたが、1997年のアジア通貨危機をきっかけに父の事業が傾き、一家の運命は暗転した。自宅は差し押さえられ、銀行口座も凍結されたという。

父は姿を消し、残った家族は床がコンクリートの小屋に引っ越した。チャトリ氏がハーバード・ビジネススクールに合格したのは、そんな苦境の中でのことだった。母は学生ローンに頼ってでもアメリカ留学を実現するよう勧めたという。

シンガポールの配車アプリ「グラブ」の共同創業者2人やインドネシアの配車アプリ「ゴジェック」の創業者を輩出するなど、ハーバード・ビジネススクールは東南アジアのスタートアップ業界と密接な関係にある。

ハーバードの寮の小さな1人部屋でこっそりと母を寝泊まりさせた。本人も生活費を工面するために、自転車による中華料理の配達、ムエタイのコーチなどアルバイトに明け暮れる日々だった。

チャトリ氏はシンガポール中心部に位置する高層ビルのオフィスで当時の生活を振り返った。「1日4ドル以下で過ごすために、毎日毎日エクセルのスプレッドシートで生活費を管理したものです。 どこに行くにしても、1ドルでも節約するためにとにかく歩いた」

チャトリ氏は、ハーバードで学んだこととして、リーダーシップに関するケーススタディを挙げる。「起業家は、リーダーシップを発揮し、従業員を引きつけ、最高のパフォーマンスを生み出してもらう必要がある」との考えを学んだという。

ハーバード・ビジネススクールを卒業してすぐに、同級生とともにアメリカのシリコンバレーでオンラインサービス関連のスタートアップ「ネクストドアネットワークス」を創業。ベンチャーキャピタルから3800万ドル近くの投資を獲得した。

その後、会社を売却してウォール街へ移った。ヘッジファンド勤務を経て、自らもヘッジファンド「イザラキャピタルマネジメント」を立ち上げた。十分すぎるほどに稼いで、ニューヨークにコンドミニアムを買うという母の夢も実現させた。だが、それでも満足できなかった。こうして、チャトリ氏は自身が真に情熱を注ぐ格闘技に戻ってきたのだ。

あるインタビューでチャトリ氏はこう言っている。「ウォール街で何百万ドルも稼ぎたいと思ったし、その望みは実現した。現在の私の原動力は、世界を変え、人々の生活にプラスの影響を与えることです。私は、これまでの人生で最も自分が『生きている』と実感しています」


https://toyokeizai.net/articles/-/654314