なぜ温厚なボスは15年も君臨したのか サル山から見えた地方政治

 2月2日、札幌市の円山動物園で1匹のニホンザルが死んだ。名は「中松(ちゅうまつ)」。享年35。サルとしては高齢の大往生だった。死ぬ間際まで15年間、「ボスザル」として君臨した。

 温厚な性格で体力も衰えていたにもかかわらず、長期の支配を実現できたのはなぜなのか。調べてみると、サル山と人間界に共通する社会構造が浮かび上がった。

 冬の円山動物園。ホッキョクグマやオオカミなどを雪景色の中で間近に見られるのが魅力だ。サル山は直径25メートルの円形で中央部には岩山があり、深さ4・5メートルの堀が巡らされている。

17年間で進んだ「少子高齢化」

 ニホンザル担当飼育員の石井亮太朗さん(24)を訪ねた。サル山では日当たりのよい壁際で、メスの「し美音(みね)」とオスの「な代太(よた)」らが日光浴していた。

 「あの2頭は17歳。人間でいえば中高年ですが、この群れでは最年少です」

 同園でのニホンザルの飼育は、1982年に京都府から引き取った61頭から始まったとされる。ピーク時には130頭を超えた。狭い空間で飼育頭数が多いと窮屈になり、けんかも増えて、ぎすぎすする。

 園は、オスのパイプカットという繁殖制限に踏み切った。ここ17年間、新たな子どもは生まれず、サル山は著しく「少子高齢化」が進んだ。

 石井さんによれば、現在、42頭いるサルたちの平均年齢は25歳前後。ただ、「毛並みはつやつやなので、一般の人は見ただけでは高齢だとわからない」という。

 近年の研究で、野生のニホンザルの場合、群れを統率する「ボスザル」はいないことがわかっている。

 しかし一方で、動物園のサル山のように閉鎖された空間では、強いオスが群れのなかで序列1位となって、「ボスザル」のように振る舞うケースが多いという。

 「中松」は2008年に序列1位となった。「周りをけちらすこともないし、オーラもない」と評される中松がその後、15年間も君臨した理由として、石井さんが挙げるのが「少子高齢化」だ。「本来であれば、起こりうる若手の台頭による『下克上』がなかったため」というのだ。

若いオスの「下克上」が消えた

 ニホンザルは4、5歳になると子どもをつくることができるようになり、人間の「オトナ」になる。「長男より次男、次男より三男と、後に生まれたオスほど体力的に強くなる傾向がある」が、同園に若いオスは入ってこない。「メンバーがずっと同じだから、群れの中の関係性も変わらない」というわけだ。

 「中松」が序列1位の座から陥落したのは、死ぬ3カ月前。2位の「みさ次」にえさを横取りされたり、威嚇されたりするようになった。中松は「緊張の糸が切れたのか脱毛が広がり、ストーブの前で動かないようになり、やがて息を引き取った」という。

 新ボスの「みさ次」は中松と異なり、体も大きく、おらおら型の性格だ。

 ボスが交代した直後は群れの秩序が不安定化することがあり、いまは暫定1位。石井さんは「まだ覇権争いはありうる」とみている。

 サル山の「少子高齢化」の行き着く先はどうなるのか。最近は亡くなる頭数が増えて、「このままのペースでいけば、頭数が半減する恐れもある」という。

 動物園も持続可能性には危機感を抱いており、人工授精による子作りの試みを2年前から始めた。しかし、まだ成功には至っていない。

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