https://toyokeizai.net/articles/-/664703

「病は気から」は、癌という病でも当てはまるのか
「落ち込む→免疫力低下→病気が進む」の真偽

病気になる。しかも、それががんのような重い病気だったとしたら――。病気や治療に対する不安な気持ちや、うつうつとしたやりきれなさを抱える、そんながん患者に寄り添ってくれるのが、精神腫瘍医という存在です。
これまで4000人を超えるがん患者や家族と向き合ってきたがんと心の専門家が、“病気やがんと向き合う心の作り方”を教えます。今回のテーマは「がんにおける“病は気から”の真偽」です。
私の外来に、進行した胃がんの治療を受けている梶原由美子さん(仮名、 57歳)と、夫の昇さん(同、54歳)がいらっしゃいました。3カ月前に病気がわかり、深刻な病状であることを伝えられたそうです。そして、これから先のことを考えると、今はご夫妻ともに暗澹たる気持ちだと述べられました。

がんになると5人に1人ぐらいの方がうつ状態になるというデータもあるので、私は「病気がわかった後、気持ちが沈み込むことは無理もないこと」だとお伝えしました。

しかし、由美子さんの固い表情は変わらず、次のように言葉を続けました。

「でも先生、気持ちが沈んでいると免疫力が下がって、病気が進行しちゃうでしょ。夫も、『そんなに落ち込んでいたらだめだよ。由美子さんは病気が喜んじゃうことをしてしまっているよ」なんていつも言うんです。なので、前向きにならなきゃ、気持ちを切り替えなきゃって自分に言い聞かせるんですが、なかなかそうはならない。そして、ますます焦ってしまうんです」

昇さんも次のように言います。

「毎日、いっしょに頑張ろうって励ましているんですが、なかなか妻の気持ちは変わりません。それで、専門の先生に相談しようと妻に提案して、こちらに伺ったのです」

研究から導き出された結果は?
昔から「病は気から」という言葉があります。多くの方がこの言葉を信じ、病気に打ち勝つためには、気持ちを前向きに強く持っていなければならないと思われています。

しかし、この「病は気から」という考え方は、がんという病気にはあてはまるのでしょうか?
私が専門とするサイコオンコロジー(精神腫瘍学)という分野は、がんと心の関係について扱うもので、世界中でさまざまな研究が行われています。“がんに罹患すると、心がどう変化するのか”という研究が多いのですが、そのほかにもさまざまなテーマがあり、20〜30年ぐらい前には、「がんにおける『病は気から』の真偽」について、関心が持たれていました。

心の状態ががんの発症や、がんの進行などに影響を与えるのか否か、という疑問について活発に議論されていたのです。

東北大学の中谷直樹先生はこのテーマの第一人者で、20年ほど前に国立がんセンターで机を隣に並べて研究をしていた、長年の友人です。

当時の彼は、日本人の大規模かつ精密なデータベースを用いて、うつ状態の人のがんは進行しやすいか(*1)、神経質な人はがんが進行しやすいか、がんになりやすいか(*2)、という疑問を解決すべく、日夜研究に励んでおられました。

発症や進行に関連は認めない
中谷先生が手掛けていた研究は、いずれも国際的に高く評価される質の高いものでしたが、その結果は「心の在り方と、がんの発症やがんの進行との間に関連は認めない」というものでした。

当時海外でも、サポートグループなどケアを受けるとがんの進行を遅らせることができるか、というテーマに興味が持たれていました。これも、「心のケアを受けることでつらさは和らぐが、がんの進行とは関連しない」という結果が得られています(*3)。

本稿を書くにあたって、がんの「病は気から」について、あらためて中谷先生に尋ねてみたら、次のように教えてくれました。

「今までの多くの研究を振り返っていえることは、気持ちが落ち込んでいることでがんが進行するのではないかということについては、心配しなくても大丈夫だと考えられています」

「多くの研究をメタ分析という方法で検討すると、わずかな関連は認めるかもしれません。ただそれは、落ち込んでいて、必要な治療を受けなくなってしまうことや、好ましくない生活習慣が続くことなどの行動を介して、影響が生じている可能性があるようです。なので、無理に前向きにならなくて大丈夫ですよ」

世界中の研究者も、中谷先生が言うような結論が出たと考えているためか、このような研究を最近は目にしなくなりました。中谷先生の言う“好ましくない生活習慣”に関しても、がんの場合はそれほど神経質になる必要はなく、よっぽど極端なことがなければ大丈夫だと考えています