佐藤 隆一郎
東京大学大学院 農学生命科学研究科特任教授・名誉教授

2週間寝たきりになると1年分の筋肉が失われる

我々の体は体重の40%程度を占める骨格筋に支えられ、保護されています。骨格筋は細長い筋繊維とその細胞間を埋めて束ねる結合組織から成ります。

筋繊維はそれぞれが個の細胞で、筋細胞と呼ばれます。筋細胞の中でも、赤みを帯びた酸素結合性タンパク質であるミオグロビンやミトコンドリアを多く含む筋細胞は赤筋(遅筋)と呼ばれ、持続的な運動に寄与します。

一方、ミオグロビンなどの含有が低く、瞬発的な運動に関与するのが白筋(速筋)です。筋繊維の集まりが筋束を構成し、筋束の集まりが骨格筋となります。骨格筋のほとんどは上肢・下肢に分布し、下肢の重量が上肢の4倍程度となります。これは、太ももにある大腿筋だいたいきんが上肢に比べて格段に大きいことからもわかります。

加齢とともに筋量は減少し、高齢者の場合は年に1~2%程度減少すると報告されています。また上肢と比べて、筋量の大半を占める下肢の筋肉量は加齢に伴う低下率が3倍にのぼります。特に体の前面の下肢骨格筋量が減少し、つま先が十分に上がらず、それまで軽くまたぐことができていた障害物につまずくようになります。

転倒してベッドで2週間仰臥すると1年分の筋量が失われ、そのまま寝たきり状態になれば自立活動ができる状態に戻ることは難しくなります。「筋量低下→転倒→寝たきり」という負のスパイラルに陥らないためにも、下肢を鍛えるウォーキングなどの運動習慣により筋量を維持することが必要です。

歩行速度と余命には関係性がある

下肢の重要性について、高齢者の歩行速度と予想余命年数の関係を示した興味深い研究報告があります。

図では各年齢の歩行速度を調べ、その後何年の余命があるかを示してあります。たとえば70歳男性の場合、極めて遅い歩行速度の0.2m/秒(最下段の線)であれば7年、最も速い歩行速度の1.6m/秒(最上段の線)であれば23年の平均余命を持つと示しています。

また、70歳女性では同じ条件下で10~30年と20年もの開きがあります。つまり、70歳になっても若い人と変わらぬ速さで歩ける健脚の持ち主は、その後も健康寿命を維持し、長生きする可能性があるということです。早歩きできることは、筋量が十分で、老化による機能低下が生じていないことを意味しています。加齢に伴いのんびり歩くのではなく、早歩きできる健脚を維持することを心がけるようにしましょう。

https://president.jp/articles/-/68735?page=2