【ジャップ朗報】成田悠輔さん、Hanadaデビュー🤩吉本会長大崎と対談する [331991555]
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うおおおおおおお!!
日本スゴイ!😤 >>1
Hanadaってまだ小川さゆりさんを叩いてたんだ
最低のゴミクズだね >>24
世界日報記者が記事書くような雑誌やぞ😤サタンを許すな 吉本を大きくしたのはダウンタウン
完全に日本を変えてるやん 老人殺せとか言うなら山上を称賛しないといけないのに叩いてる時点でわかってたことだろ 一時はダボス会議にも呼ばれるくらいだったのにもうHanada堕ちしたんか 有田に絡んでた芸能人もそうだけど、最近なりふり構わない奴が増えてきたね >>30
そもそもダボス会議自体がネオリベの掃き溜めなのでセーフ この尻尾も隠さない舐めきったスタンス
そういうことなんすね >>32
なりふり構わないというよりガスライティング構造が浸透してきて余裕見せてる 学究の徒が出ていい雑誌じゃないだろ
似非学者も大概にしろや 小川さゆりって統一二世のひと?
実話系でもやらない叩きを平気でやるのか
すげーなこの雑誌 >>47
ゴシップとかじゃなくて明確に目的を持って敵をこき下ろしてるだけだぞ 吉本社長って…やっぱり聖地に難癖つけたのは依頼だった?
てか小川さゆりさん一般人なのにこんな風に書かれて酷いな 松本の映画の借金をクールジャパン100億円で救われてから
電通とともに安倍自民のプロパガンダ装置と化した吉本興業 >>33
それはそうなんだけどやっぱり集団自決発言以降の食い扶持に困ってるからビジウヨにすり寄ってるのもありそうなんだよな成田 >>43
この前LGBT🏳🌈のイベントにも稲田いたしね 吉本社長の大崎って1953年生まれだけど成田はこいつにも自決しろって言ったの? 大崎がHanadaに出てるって事は田村のあの発言もそういうつながりなんだろうね この執筆陣と自分の名前が並ぶ事に嫌悪感を感じないような人間なんだな >>62
吉本興業自体がもう滅茶苦茶に臭いんだよなやっぱ 少なくとも頭の回転はいいんだからさあ、境界知性で遊ぶなと
ロンブーって吉本興業?
なるほどね >>67
吉本内部のクーデターとクールジャパン100億で完全に箍が外れた Hanadaに出るって事はもう言論界でまともにやってく道を捨てたのか 偉そうなこと言ってたけど日本の衰退を加速したいやつだったんだな 安楽死させるべきは老人より自民党なんだよなぁ
○-□ >>73
大崎派じゃないさんまや99はまだ普通なんだが
残りはもう完全に笑えないよな あの変なメガネのやつ?
ネトウヨに媚びだしたら終わりやろ >>40
三浦瑠麗すら切る、って単純に庇護者が安倍だけだったからじゃねえの? ネトウヨがヨイショ始まったな
手のひら返して始まった
ケンモメンが何故か発狂してて笑えるw >>82
ただ吉本も山上の一件で後ろ盾無くしてるからどこまで踏ん張れるか微妙ではある
吉本はすごい闇持ってるぞ
ここですら言えないが みちょぱだかゆきぽよだかがインタビュー受けたのもここ?
アノときもネトウヨ総出で囲おうとして気持ち悪かった >>97
淳は自民公認で出馬したがってるから安倍スピーカー吉本の中でもさらにもう一段酷い >>43
>>59
壺ウヨは隠れ共産主義者だけど読者の中にまだ本気で反共してる野良ウヨがいるからそいつら向けのポーズとして稲田を切ったのかな?
だとしたら成田さんもまた隠れコミュニストだとバレたらまた切らなきゃならなくなるね🥺
https://pbs.twimg.com/media/D04o07GXcAEvo2C.jpg
残念家庭の不登校児が麻布へ 先端文化人と交流で転機
エール大学助教授 成田悠輔氏(上)
https://style.nikkei.com/article/DGXZQOLM248WP0U1A121C2000000?page=2
中学生で柄谷行人氏のグループに出入り
しかし、この中高時代に成田氏は学校の外で知的好奇心の翼を大きく広げていく。時は1990年代半ば。
学校に行かず街をフラつけば、ブックオフやレンタルビデオショップがそこかしこにあり、100円、200円という安価で本や映画、音楽の世界にどっぷりとハマることができた。
さらに普及しつつあったインターネットには、教室では学び得ない世界が広がっていた。
知り合いのコンピューターマニアに作ってもらったPCで、当時ネットコミュニティーの中心だったメーリングリストや掲示板をのぞいて回り、やがて批評家の柄谷行人氏らのグループに行き着いた。
「その頃、柄谷さんは『NAM』(ニュー・アソシエイショニスト・ムーブメント)という怪しい社会運動を始めていたんです。
社会思想や哲学系の人や、文学・音楽関係の人、それに政治活動家のような人たちが集まる謎のコミュニティーがあり、そこに僕も出入りするようになりました。
ちょうど運動のパンフレット的な位置付けで『NAM生成』という本を作ることになり、浅田彰さんや坂本龍一さん、のちにスマートニュースを創業する鈴木健さんなんかも著者として名を連ねたのですが、中学生だった僕はその本の注釈作りをバイトでやりました。
版元の太田出版から3万円だか5万円だかを受け取って、それが15歳くらいだった僕が生まれて初めて手にした仕事の報酬になりました」 ヘンテコ眼鏡はあっち側だったんだね
落ちる言論人はハナダにも縋る ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています