「巨人の選手だったんですか?」巨人をクビになりハローワークに通った田原誠次が、工場勤務で見つけた“本当の幸せ”

とりあえず、アルバイトを始めました。ワクチン接種会場の誘導係でした。
「問診を受けて、次は注射になります」などと、ワクチン接種する人を案内するわけです。
バイトを週4日こなしながら、空いた日にハローワークに通いました。
朝から昼まで仕事の検索をかけて、職員の方にも相談させてもらいました。

さまざまな仕事について精通し、アドバイスを下さるハローワーク職員の方には感銘を受けました。
こんな人がいるから社会が回るのだなとわかりましたし、納得のいく仕事を選ぶ大切さを学べました。

そのなかで僕が働きたいと考えたのが、給湯器を製造する工場でした。

いざ面接を受けにいくと、面接官が履歴書の「読売巨人軍」という僕の前歴を見て「えっ?」と声を上げました。

「巨人の選手だったんですか?」
「はい、9年ほどいました」

その後は仕事の話そっちのけで、巨人の話題が続きました。
すんなりと面接をクリアし、「あぁ、プロ野球選手ってすごい職業だったんだな」と実感しました。

工場は朝8時に始業し、休憩を挟んで17時まで働きます。時には残業をする日もありました。
三菱の工場で働いていた時にネジを締める作業は得意にしていたので、「いいね、速いね」と褒めてもらえました。

普通の人より体が大きかったこともあり、年下の職場仲間から「何かやってたんですか?」と聞かれました。
野球をやっていたと答えると、草野球に誘われました。

初めて草野球をやった時、みんなから「めっちゃすごくない?」と驚かれました。
「一応、プロでやってたんだ」と伝えると、その噂は職場で広まっていきました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/277cff806edca1d486afd3082f4b89dca80b8d2a