「労働者派遣を違法に戻せば正社員の賃金が上がる」という著名人のツイートが話題になりました。
物価高で苦しいだけに、それで賃金が上がるなら、ありがたいことです。

そういえば、かつて労働者派遣法の改正をめぐって紛糾していた時は「正社員がゼロになる!」なんて主張を聞いたこともありました。
リーマンショックのころは年越し派遣村が連日報道されたり、ワーキングプアの温床と言われたり、
労働まわりの不具合は、なにかとこれまで「派遣が悪い!」でおさめられてきた感があります。

それが事実なら、まさに諸悪の根源。労働者派遣など違法に戻せばいいと思いますが、
労働者派遣の影響力って、ホントに諸悪の根源と言えるほど大きいものなのでしょうか。

労働力調査によると、2023年3月の派遣社員の数は163万人。これは鹿児島県の人口に匹敵する数ですが、正社員の数を見てみると、それを遥かに上回る3591万人。
派遣社員の20倍以上もいるではないですか! 正社員がゼロになる、という主張は一体なんだったのでしょう?
雇用者全体に占める比率は、正社員59.5%に対し、派遣社員はたった2.7%です。

それだけのボリューム差を考えると、労働者派遣を違法にしたところで正社員の賃金が上がるほどの影響力があるとは思えません。
それどころか、派遣社員が居なくなる分、正社員より賃金が低い他の非正規社員が増えることになるような気がします。
派遣社員以外の非正規社員がどれだけいるのか確認してみると、パート1031万人、アルバイト420万人、契約社員290万人など。
派遣社員を含めると、非正規社員は2101万人にも及びます。正社員の半分を超える水準です。派遣社員はそのうちの7.8%に過ぎません。

そんなことをブツブツ独り言ちていたら、以前にもある政治家が、「日本の賃金が減少しているのは派遣労働の拡大が原因だ」という主旨のツイートをしていたのを思い出しました。
でも、そこに掲載されていた賃金差のグラフをよく見てみると、派遣社員とおぼしき線の表記が非正規社員となっていました。

あれ? ひょっとして、こちらの政治家も、労働者派遣を違法に戻せば正社員の賃金が上がると指摘している著名人も、派遣社員と非正規社員の区別がついてない、なんてことありませんか?
でも、それならば合点がいきます。

もし、派遣に限らず非正規社員全体を違法にするのであれば、正社員の賃金に影響を及ぼすほどのインパクトがありそうです。
職場が高賃金の正社員だけになるワケですから、会社は生産性を上げようと頑張り、賃金も上がりやすくなるという流れが生まれることも期待できるかもしれません。
非正規社員から正社員になれず、無職になってしまう人が増えないようにする必要はありますが。

それを派遣社員と非正規社員を混同し、なんでも派遣社員のせいにして解決を図ろうとしてしまうとしたら、ムリがあります。
それどころか、焦点がボヤけることで、かえって派遣特有の問題にスポットが当たりづらくなりそうです。
収入を増やしたい人が30日以内の日雇い派遣で働きたくても、世帯年収が500万円"以上"ないので働けない、なんてヘンなルールがあったりするのに。

も、賃上げしたくない会社としては何かにつけて「派遣が悪い!」と、非正規社員全体の問題と混同しながら矛先を派遣の方に向けておいてくれた方が、ありがたいのかもしれませんけど。

川上 敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家
男女の双子を含む、2男2女4児の父で兼業主夫。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌「月刊人材ビジネス」営業推進部部長兼編集委員、
広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関「しゅふJOB総合研究所」所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。
雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する「働く主婦・主夫層」の声延べ4万人以上を調査・分析したレポートは200本を超える。
NHK「あさイチ」、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」などメディアへの出演、寄稿、コメント多数。
現在は、「人材サービスの公益的発展を考える会」主宰、「ヒトラボ」編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、
JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。
1973年生まれ。三重県出身。

https://www.j-cast.com/kaisha/2023/05/13461120.html