新型コロナにおいても、医療がひっ迫しやすい次の冬が来るまでに自然感染と、重症化しやすい層を中心に全ての世代におけるワクチン接種を進めて、良い状態で迎えることが重要となります。

また、感染が拡大する中で冬を待たずに医療がひっ迫した場合は「感染自体は悪いことではないが、今この瞬間は感染しない方が望ましい」という合理的な理由の下で、今よりも高い感染対策を一時的に行うことが推奨されることはあり得ます。その際は国・県からも必要なメッセージが出るでしょう。そうでない限りは感染増加傾向に一喜一憂して行動を変える必要はありません。

食事をしながら会話する場面が最もリスクが高い場面の一つであること自体は変わっておらず、それを多くの人達が行い、その同居家族が食事し、マスク無しで生活をともにしている現状において、それ以外の場面でマスクをしても、感染対策が不均衡になっており、「感染対策をしているつもり」としてのマスク着用でしかないケースが散見されます。

もちろん、均衡が取れているのであればマスク着用は効果的です(エアロゾル感染には効果は限定的なので換気とセットが必須です)。
人によっては日々接触する人が限定的で、全ての場面において高い感染対策を維持できるケースもあります。病院、高齢者施設なども同様ですし、重症化しやすい層が利用するという観点でも強い感染対策が合理的です。
日々の生活における感染対策のレベルが歪んでいないか、「感染しない・させない」ではなく「重症化しない・させない」に合致しているか、でそれぞれ適切に判断していくことが求められます。

そして、最も重要なことは、症状が出ている時に通勤・通学など外出しないこと、そしてそれが許容・推奨される社会を作っていくことです。この点は経営者、管理者には強く求めたいと思います。

抗体保有率の上昇以外に、新型コロナにおいて状況が良くなる可能性は高くありません(状況が良くなる変化は行政としては大歓迎です)。
欧米では既に新型コロナは既存の疾病に組み込まれており、新薬を開発するインセンティブは乏しい状況なので、画期的な新薬が出てくることはあまり考えられません。
パキロビッドなど、ある程度効果的な経口薬は既に登場していますが、タミフルのように診断されれば誰でも処方される薬が出てくることを期待するのは難しいでしょう。そもそも、抗インフルエンザ薬を誰でも処方されて服用しているのは日本だけの慣習で、効果と社会コストを考えれば、この基準で新型コロナと経口薬を考えること自体に無理があります。

将来これ以上条件が良くならない、その状況で日々活発に活動する層がマスク着用などを続けることは1年後も2年後も10年後も永遠にマスク着用を続けることと同義です。それを理解すれば諸外国が、そして日本も遅れて正常化に向けて舵を切った意味が理解できるはずです。
もちろん、「科学的に合理的ではないが、気持ちも整理できないし、周りが止めるまでとりあえず続ける」という選択も決して間違ってはいません。

給食の黙食を積極的に見直そうと千葉県が取り組んだ時に、SNS上で騒いだ人達は今、日本中で黙食が見直されていますが、別に騒いでいません。社会の多くが許容したものについては騒がないのです。
そこに論理の整合性はなく、感染対策を緩める可能性のあるもの全てに疑義を呈し、ゴールポストを次々に変えて「感染対策」というコンテンツを消費しているとも言えます。

政府や都道府県など、保健当局は与えられた条件の中で整合性のある判断を行い、社会全体に責任を持っています。
欧米には遅れていますが、日本も正常化に向けて緩やかに歩を進めています。合理的に行動できる国・国民性でありたいですね。