浄土真宗を調べてびっくりした。「悪人正機説」って犯罪者と昔はやんちゃしてた連中に都合良すぎる邪教だろ🤦 [639215321]
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日本最大の伝統仏教宗派、浄土真宗本願寺派(寺院数約1万)が「お家騒動」に揺れている。今年1月、室町時代につくられた聖典の現代版を大谷光淳(おおたにこうじゅん)門主(46)が示したところ、
全国の僧侶や門信徒から不満が続出。指導的立場の僧侶らが、「誤解と混乱を招いている」として総局(執行部)に取り下げを求める異例の事態になっている。
https://www.asahi.com/articles/ASR6P4CYHR61PLZB00V.html
真面目に生きてると自負してる人たちバカにされてるんだよ?おかしいと思わないの?
クズにクズっていうと更生しないから少し煽てたほうがいいんだよ
人を◯しても
「南無阿弥陀仏」
と念仏すればすればおkな宗教なんぞ狂ってる
悪人は死後救われる
善人は生きてる時から既に救われている
なんでもかんでも救われる
仏教は悪いことをすると地獄なんだろ?
やめとく(^ω^)
上流階級に生まれて限られた身内の中だけで善人として振る舞ってるやつなんて現世ですでにいい思いしとるがなって話だよ
善人として振る舞えることは特権搾取階級なんだ
>>14 それは罠くさい
仏教なら結局悪いことをすれば地獄行き
他力本願ならな
本来の他力本願は治療行為とかもNGだからな
浄土真宗ってのは、一向宗のことだよ
一向一揆とかやりまくって信長さんに征伐されたような連中がまともなワケがないだろう
努力できることは才能というなら真面目に生きれることも才能。善人も才能
お前の手柄ではない。
すぎやまこういち、森喜朗が浄土真宗本願寺派
高須院長は大谷派
真面目に生きたから往生出来るってのが典型的な悪人じゃろ
浄土真宗(じょうどしんしゅう)は、大乗仏教の宗派のひとつで、浄土信仰に基づく日本仏教の宗旨で[1]、
鎌倉仏教の一つである。鎌倉時代初期の僧である親鸞が、その師である法然によって明らかにされた浄土往生
を説く真実の教え[2]を継承し展開させる。親鸞の没後に、その門弟たちが教団として発展させた。
日本の仏教ってのがわかりずらい
悪人の方が金持ってて罪悪感も持ってるからそう言っとくと喜捨がもらえる
「自分は真面目に生きてる善人だから極楽に行けるはず!」と思ってる時点で自惚れ、勘違い
「自分みたいな悪人はもう阿弥陀仏に頼るしかない」とちゃんと自覚した奴が救われる
キリスト教が悔い改めれば罪を許されるって布教したのと一緒だな
現代の感覚なんてもうみんな地獄行きよ?
そんなんでもええんか
親鸞上人が自分を痛烈に反省されて阿弥陀様に
お救いをされていった方だと思いますが どういう形でそれが救われ
るのか 文例を紹介しながら又お話を聞かせてください
蛇蠍奸詐のこころにて (奸詐:うそや計略で人を陥れようとすること)
自力修繕はかなうまじ
如来の廻向をたのまでは
無慚無愧にてはてぞせん (無慙無愧:悪事を働いても、それを恥じることなく平気でいること)
小慈小悲 もなき身にて
有情利益はおもふまじ (有情:愛憎のこころのあること)
如来の願船いまさずば
苦海をいかでかわたるべき
ー愚禿悲歎述懐(ぐとくひたんじっかい)
自分の心は蛇や蠍のようなものだ 自分で善を行うということはできない どん底においては如来様の
お恵みに頼らなければ悪性に包まれたまま死んでいってしまう
慈悲心も何もない私のような人間は救われようと思ってもダメで阿弥陀様にお願いするより仕方がない
仏さまの誓願の船に乗せていただいたらそのお恵みによって我々は救っていただけるんだ
(どん底の中からの喜び)
悪人正機の悪人は犯罪者ってことじゃないぞ
パヨクはそんな事も知らないの??
仏教自体が欠陥宗教だから
解脱して成仏したら一切無になって解放されるはずなのに
仏になったら衆生から救ってくれとタカられて大忙しって矛盾してるだろ
そんで菩薩って概念生み出して俺みんなを救うために仏になるのをやめるわってだんだんズレていく
大乗仏教が釈迦の興した仏教とはあまりにもかけ離れてるからな
>>41 お釈迦様の夢は生きながらにしてこの世を浄土にすることだからね
悪人こそ仏にすがるから善良な人間より救われやすいとか
こんな考えがよく流行ったな
>>42 そんなことはないですよ
すべてのものに「仏性」があるわけですから
南無阿弥陀仏だろ?
戦国時代に大ブームになって酷いことになったんだよな
この場合の「悪人」は自分の悪を自覚してそれをそのまま懺悔する人間のことを言ってる
自分の悪を善に変えて立派な正しいものになろうとするのが「善人」
これが「善人なおもて往生を遂ぐ、況んや悪人をや」ってやつ
地獄に落ちるわよとか言われても効かないんだわ浄土真宗だから
戦国時代に一向宗が勝ってたら
割と面白かったと思う
>>1 >>2 そこもキリスト教のパクりなんだよな。
放蕩息子が戻ってくる件がまさにこれだろ。
>>31 「善人なほもって往生を遂ぐ」でいう善人は、今の真面目な公務員みたいなもんだろうな
戦国時代に一向一揆の原因となって教徒が暴れまくったからな
共産よりはるかに危険な思想だと思う
ほんとに調べたのかよ
理解してないでしょ
俺も阿弥陀様の知識はあまりないんだよな
親鸞上人なんかはTVでもたまにやってるけど
>>53 北陸で独立勢力化してたけど
結局は坊さんが私利私欲に走って統治が崩壊してしまってた
そりゃ当時の底辺が信仰してる邪教だから当たり前だろ
家教が浄土真宗の奴は世が世なら俺と真っ当に口聞けねぇ連中だからな?そこちゃんと理解してほしいんだよな
>>56 それまで俺たちに逆らえば地獄に落ちるだ、なんだと
散々侍や坊主に脅されて生きてきた百姓たちが
一向宗の門徒になった途端、俺たちは自由だあああああああああって言って
国ごと滅ぼしちゃったからな
世の中怖いものなしの馬鹿ほど恐ろしいものはない
修行して苦行して立派な僧侶になってそういう延長線上に仏になるんじゃないってこと
これと同じようなのに禅宗では「南岳磨甎」ってのがある
修行して「自分」が立派なものになって仏になろうとする僧に、南岳懐譲が「それは瓦を磨いて鏡にしようとするようなもんだ(無理だよ)」と言った
>>63 上級ボコボコにしたからケンモメンよりはましだよ
>>62 まあ日蓮宗や延暦寺にぼこぼこにされたから大坂に移ったわけだしな
犯罪者というのも所詮は人間の価値観上の悪に過ぎないし、親鸞は生に執着する衆生すべてを悪人と呼んでいる
かえって善人とは善でいられない身であるにも関わらず恣意的な価値観に囚われて善人でいたがる無自覚な「悪人」を指す
仏教では
自分の思い通りにならないことを「苦」ととらえた
ここから「無明」「智慧」の話になっていく
人間の本性は思い通りにならない 場合によったら悪に陥る恐れがある
その人間の深い反省を示したのは浄土教ではないでしょうか
ここで親鸞上人の和讃法話が読まれる
浄土真宗に帰すれども
真実の心はありがたし
虚仮不実のわが身にて
清浄の心もさらになし
悪性さらにやめがたし
こころは蛇蠍のごとくなり
修繕も雑毒なるゆへに
虚仮の行とぞなづけたる
ー愚禿悲歎述懐(ぐとくひたんじっかい)
愚禿悲歎述懐(ぐとくひたんじっかい)と親鸞上人自らが言ったのは
坊さんのかっこをして頭を剃っているけれども卑俗である 純粋な意味
の出家者というわけでもない しかし在家者という立場も超えている
反省してみると自分の至らぬことを感ずるというので 親鸞聖人は
自らを反省して「愚禿」という言葉を使われたそうです
(他人が言ったわけではない)
卑俗:低俗
虚仮不実:(こけふじつ)嘘偽り
(22分)
親鸞上人の心の葛藤、絶望感がよく表されている (ちょっと太宰治っぽい)
キリスト教もどきだったから流行ったんじゃないの
本来はその信者の層にはキリスト教が信仰されていたのだと思う
それを浄土真宗が先に流行って防いだわけだ
>>65 釈迦は阿羅漢にならなければ解脱出来ないって言ってたのに・・・
釈迦も実在しないけどね
国によって呼び名も違うし何となく最初に始めた修行者って存在
イギリスがこれらを仏教という宗教としてひとまとめにする際に宗教つったら開祖がいるもんだろってでっちあげられた存在
>>74 釈迦は苦行を止めてただ坐ることで成道した
自分を立派なものにするため苦行したり神秘体験的に無になったりではダメだったとさとった
親鸞の師匠の法然が昔
弟子たちが
念仏唱えたら極楽往生でけんねやったら
悪いことし放題やんけ
殺し盗みおめこやりまくってもええんじゃ!
と暴れ始めた時に
薬があるからと言って毒飲むやつがあるか!
と一喝されて収まったというお話
今いるここが地獄だから功徳も糞もないって思えば納得できる
要するにキリスト教のパクリだって事だ
浄土真宗が流行った要素はそこだけ
日本の独特の隠語 犯罪表現は 日本人があいまいな表現を好む結果か?
これらの言語を作り出した背景や思惑を見据えるとその裏にあることを誰も考えずに受け入れてしまう日本人
強制性交
セクシー女優
パパ活
万引き
カツアゲ
やんちゃ
国民的アイドル
推し
かなり狂った押し付け ワード真理に操作される日本人はかなり多い
来世救われるからといって現世でなぶり殺されろってまともなやつなら言わねえよ
「悪人正機」
阿弥陀様のお慈悲は大きなもので絶対である だから善人で阿弥陀様に多様るものは全員
救ってもらえる 善人が救われる具合だから悪人はもっと救っていただける
世間の常識と逆になる
自分の力で何とか出来る人はいいけれどもそれができないどうにもしょうがない自分
善人は善(行)をすることができるけど(信と行)
悪人は善(行)をすることができないわけです(信だけ)
絶対他力
インドの「猫の道猿の道」という救済の仕方の話になる
猿の道:猿の子が外敵から襲われそうになると母親にしがみつき母猿はそこから逃げていく
そういう具合に救われる
猫の道:猫の子に外敵が近づくと母猫は子猫の首を噛んで安全なところに運ぶ
子猿の場合は母親を頼る(信仰心)があり飛びつくという(行)もある で救われる
けれども子猫の場合は外敵に気が付かなくても神様のお慈悲だけで救われる この場合は
行はなく信だけだというのです
何が武勇伝だ!つまり 今からやる 迷惑行為 いじめ 犯罪行為は やがて過去になるのでやってもいいという それが やんちゃ DQN 理論
迷惑行為 いじめ 犯罪行為を 武勇伝と捉え 称える 日本という国
その行為の 被害者は 加害者の糧となり人間として成長させた養分となる
それは 成功者の過程になる ヤンチャという悪の存在が 過去にする都合のいいDQN理論そのものだろう
過去にやった 迷惑行為 いじめ 犯罪行為 を自慢げに語り
俺はこれだけのことやったんだぞ?凄いだろ?と 他人に誇らしげに語り 自分を大きく見せ他人から賞賛を貰おうとする それは人間のクズそのものだ!
そもそもこんなことを1ミリも悪いと思っていなしい 悪ぶれることもなく語ることからも 最悪な人間でクズと言える
傷害 暴行 けんか 恫喝 威嚇 無免許運転 道路交通法違反 窃盗 強姦 わいせつ いじめ 迷惑行為 を自慢げに披露する やんちゃ DQN たち
悪の存在が過去にする都合のいいDQN理論そのものだろう
これらの犯罪行為や迷惑行為をやんちゃということで武勇伝にする日本の風習
窃盗 恐喝 傷害 暴行 けんか 恫喝 威嚇 無免許運転 道路交通法違反 強姦 わいせつ 迷惑行為等
過去の犯罪を自慢げに語り一目置かれる存在になりたい日本のクズたち
キリスト教も免罪符買ったらオールOK!ってやってたし同じやろ
このだらしなさがカルト日蓮の台頭を許してしまったんだろ
念仏唱えたら何やってもええんじゃ!
と暴走するのは
親鸞の前の浄土宗の内部で既にあった事案
法然上人に帰依した親鸞は
おめこがしたいおめこがしたいおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこ
とおめこのことばっかり考えてたら
観音菩薩とおめこする淫夢を見て
「阿弥陀如来はわしのためだけにおるんじゃ!」とサイコパスの境地に到達
以後、寺に籠っておめこ三昧
多くの子を残す
>>41 16世紀の地球の寒冷化
それにより村からあぶれた人達を集めてキチガイ地味たテロ活動を繰り返したのが一向宗(現・浄土真宗)
中央の混乱を狙う西国の毛利家が一向衆を支援したことで、織田信長の一向宗退治はとてつもなく厄介で延々と続く地獄の沙汰と化した
この当時、一向宗として叛乱しまくってた奴らが江戸時代に入って、周囲の社会と若干隔離された状態で住まわされたのが部落の発端でもある
キチガイ宗教の扱いに、我々の先人たちが如何に苦労していたのかがよく分かる
釈迦の興した仏教って弱者のための宗教じゃないんだよな
あーもうバラモンって糞だわ糞、あいつら産まれがいいだけでなんであんな偉そうなん?
っていって当時のバラモン教への反抗的に作られた宗教であって
バラモンより俺たちのほうがすげえっておらついた宗教でしかないからな
だから簡単には解脱もできないし、解脱するために輪廻転生何回も繰り返せとか
縛りプレイ大好きな人達に作られたような宗教で
こんなマゾ宗教のがなぜか海越えてまで流行ったって事自体謎なんだよ
このおめこ大好きエロ破戒僧親鸞の子孫から悪知恵の天才蓮如が登場
一遍上人の時宗教団や
一向上人の一向宗教団を乗っ取り大教団を作りあげ、織田信長と日本史上最悪の宗教戦争を引き起こし
人びとを塗炭の苦しみに追い落としたのはご存知のとおり
凡夫だというのをまず認めるところからだな
自分という物差しを捨てるのって今の価値観だと無理ゲーでしょ
妬み僻み嫉みを持たないってどういう生活してたらそこに至るのか理解できん
宇井伯寿、中村元のラインは今も東大で
続いているんだろか
>>97 お釈迦様の十界には六道も入っている 別に反抗的ではない
仏法とバラモン教の違いは「縁起」と「個」である
バラモン教は前世の行いで現世の地位(王様とか乞食とか)が決まるのに対して
仏法ではその原因を個ではなく「縁起」に求めている
バラモン教の六道にはお釈迦様は天界の神様となっている
仏教では六道の上にさらに4つの階級があって十界という
>>100 昨年親戚の法事で浄土真宗のお経を聞いたが
とてもいいお経だった
歌みたいな
死んでからのことは死んでから考える
とりあえず給料日まであと2500円で生き延びることだけしか考えられん
>>72 中央政界の混乱を狙って毛利家が支援をしたから、だよ
大坂本願寺攻めでそれが顕在化して、そのために信長は大阪湾を九鬼水軍を使って海上封鎖した(鉄甲船が実戦投入されたのもこのとき)
地球寒冷化による生産力の減少で農村からあぶれた人間を十万人も集めて食わせられたのも、寒冷化の被害の少ない西国からの兵糧支援なくしてはありえない
日本で念仏を初めて人びとに勧めたのは
平安期の空也上人
鹿の毛皮を着て鐘を鳴らしながら口から阿弥陀如来を吐くというパフォーマンスを
京の都の辻辻で繰り広げ
疫病や飢えに苦しぬ貧しい人びとに念仏を勧めた
一向一揆の実態は信者以外の惣一揆も多数含まれていたこと
要するに利権目的で集まってきた有象無象もいた
それらが勝手放題するので本願寺本山も対応に苦慮していた
加賀大小一揆は本山側の大一揆が勝利して鎮圧に成功したが
信長とは和議を結んだのに二度にわたってこれを破って信長を暗殺しようとしたから怒らせた(信長は最初は許すつもりだった)
>>107 口から国旗出す手品師みたいにいうなよw
>>104 正信偈も浄土三部経も宗派によって違うし場面によってもまた読み方が違う
そういうのも結構楽しめるぞ
念仏で悪人が救われるという発想自体は法然や親鸞の発明でもなく前からあったものだろう
>>112 へー
僧侶にもよると思うんですよね
前回は尼さんだった
キリスト教シランの?
あなたも、悔い改めて改宗しなさい
「善人」ってのが、苦行によって清らかになったり学問や神秘体験で超越的な立派なものになろうとする人たちって風に理解すると分かりやすいかもしれんね
>>114 でも親鸞上人がいたから実感が生まれたんじゃないか
>>1 たくさん供養や布施ができる人→善人
できない人→悪人
こうだからな
>>115 大谷の人間だが正信偈の読み方だけで実は10種類以上あったりする
鎌倉時代のスーパースター一遍上人は空也上人に深く帰依し
いかなる心持ちで念仏すべきやと言う質問に
空也上人がただ一言答えた「捨ててこそ」を信条とし
乳もおめこも丸出し尼さんダンサーズを率い日本全国念仏ツアー
アツいダンスシーンのステージで鎌倉期の人びとを熱狂の渦に
当時の日本人の1/5が一遍上人に帰依しサポーターになり
日本全国に念仏が広まった
>>122 なんとなくわかります
でも不謹慎だから言わないw
別の親戚は草加なんでさっぱりした法事でしたね
そうかとかその他
仏教名乗ったらあかんよね
お釈迦様の教えからかけ離れてる
ただのカルト、霊感商法団体
>>121 室町戦国にかけて日本でも寺社の既得権に対する宗教改革が起きたのに
結局江戸時代にはまた前時代的な関係に逆戻りしちゃったんだよな
資産がなくてたくさんの布施や供養ができない悪人も仏に縁がありますよ、というのが念仏の主張なわけ
>>14 唱える必要はない
どんな人間でも極楽浄土に行けるのが浄土真宗
南無阿弥陀仏はそんなお釈迦様の偉大な力に感謝して唱える
>>126 でも墓があるから今更宗教法人をなくすわけにいかないでしょうね
>>108 そういう単純な構造じゃない
一向宗を背後から支援していたのは西国の毛利家
一向宗という宗教を隠れ蓑に中央でテロまがいの叛乱行為を行わせていたわけだ
その証拠に、信長の跡を継いだ秀吉とは懇ろだったので、秀吉政権や秀吉支配地では一向一揆のようなことは起こっていないし
各地に残存していたはずの一向衆徒たちの勢力も支援を失い自然消滅した
車のナンバー358は創価学会
35歳8ヶ月で解脱した釈迦を崇拝する宗教
なお本来の仏教は唯一神を否定している
キリスト教っぽいよね
独自に思いついた親鸞はなかなかすごいのでは
この手の仏教はほんと信じるだけ無駄
ネットでお釈迦様の教えを適当に調べてるだけの方が
よほど勉強になる
>>136 でもその阿弥陀様の浄土には悪いやつも多いのでは
>>126 信長なら皆殺しにしてたけどね
家康はそんな叛乱勢力もなんとか社会に溶け込ませようと、そういう政策を取った結果だから
改宗を誓ったものには寺・葬式利権をやって、改宗を拒んだものには皮革・食肉利権をやって社会復帰を図った
現代でも浄土真宗の本山的な寺と、部落みたいな地域がほぼ同じ場所に隣接してるのはそういう歴史的な経緯があったから
一遍上人の全てを捨てた念仏
地位も名誉も名前も家族も財産も
悟りも
極楽往生を願う心も
地獄を恐れる心も全てを捨て
ただひたすら名号を唱える
自他の違いも
自分と仏の違いも、自力と他力の違いも
生と死、この世と浄土の違いも全てなくなる
一遍上人によって、浄土教はお釈迦さまの教えに回帰した
いや、世俗の世界ではきっちり責任とってもらうだけだろ
懲役でも死刑でも、行動に応じて何でもすればいい
一方で宗教の死後の話として、そういう連中も阿弥陀は救済対象としているというヌルい教えなだけだぞ
処刑前に聞かせて安心して死んでもらえばいい
>>44 なろう小説が流行る理由と同じだろ
ヌルい方が客が多く付く
信者が増える
悪人は究極の弱者だから
宗教が救済のためにあるなら擁護してなんの不思議もないだろ
他の宗派だと死んでもしばらくは現世にとどまって残した家族とお別れできたりお盆には会いに帰れるのに
浄土真宗だと死んだら阿弥陀に速攻で連れて行かれてお盆にも帰省させてくれずに浄土に監禁されるんだろ
やばくね
穢多非人とは相性良かったからずっと残ってるんじゃないの?
南無阿弥陀仏一つで死後は極楽行けるんだからそりゃ縋るわな
>>126 信長なら皆殺しにしてたけどね
家康はそんな叛乱勢力もなんとか社会に溶け込ませようと、そういう政策を取った結果だから
改宗を誓ったものには寺・葬式利権をやって、改宗を拒んだものには皮革・食肉利権をやって社会復帰を図った
現代でも浄土真宗の本山的な寺と、部落みたいな地域がほぼ同じ場所に隣接してるのはそういう歴史的な経緯があったから
日本の葬式代が、他の先進国から見ても異様に高いのは、こういう叛乱のコストを社会がいまだに負担させられてるといってもいい
家のすぐ前にGクラスのって息子がAMGの坊主の家があるが
どんだけ儲かってるんだよw
>>24 なんでオタクとかネトウヨって信長好きなんだろ?
車のナンバー358は創価学会
35歳8ヶ月で解脱した釈迦を崇拝する宗教
なお本来の仏教は唯一神を否定している
極楽浄土とは自力で成仏できない落ちこぼれを集めた阿弥陀如来の成仏予備校みたいなとこ
熱血教師阿弥陀先生
どんな落ちこぼれでも私が自信をもって成仏させます!
延々と成仏試験合格のために阿弥陀如来像の補習授業を聞かされるのが極楽浄土
お前ら死んでからそんなとこ行きたいか?
>>134 358はただのマジックナンバーなのに何言ってんだおまお
>>14 キリスト教と似てるな
「キリストは原罪を背負って処刑された
そして救世主として復活した」
これを信じることがキリスト教であり信じれば原罪はチャラになり何をしてもいいことになっている
そもそもどうしてこの世に生まれてきたのかと言えば
自分に足りないものを補うため
EVAでいう人類補完計画なんです
>>147 相性がー、じゃなくて、元は根を同一にするものだから当たり前だよ
戦国時代にテロ行為をしまくった一向宗一門、信長なら皆殺しにしてたけど
家康はそんな叛乱勢力もなんとか社会に溶け込ませようという政策を取った
改宗を誓ったものには寺・葬式利権をやって、改宗を拒んだものには皮革・食肉利権をやって社会復帰を図った
現代でも浄土真宗の本山的な寺と、部落みたいな地域がほぼ同じ場所に隣接してるのはそういう歴史的な経緯があったから
親鸞の教えを誤解して広めてる人が多いのを嘆いて書いたのが歎異抄だったっけ
浄土真宗創建時みたいになってきたな
>>159 浄土宗と浄土真宗の違いは
浄土真宗はおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこ
とにかくおめこ
車のナンバー358は創価学会
35歳8ヶ月で解脱した釈迦を崇拝する宗教
なお本来の仏教は唯一神を否定している
>>150 キミ達が信長公にアレルギー反応持ってるのは理解出来るよ(笑
しかし信長以前の日本は中国の宋銭使ってたり、怪しげな中国語使う僧侶が識者ぶったりして
日本という国の形もあやふやな社会だった
それを変えた、日本という国の形をはっきりさせたのが信長公なのだから
普通の日本人なら信長=英雄、なんだが、やはりキミ達はまだまだアレルギーがあるようだね
悪人でも極楽に行けるなら悪いことをした方が得なのではないか?という考えに
薬があるからと言って自ら毒を飲む事は愚かであると
過ちを戒めておられる
悪人正機も放蕩息子の例えも一部の上級国民から救いを一般庶民へ取り戻したことに意味がある
正しく品行方正な者だけが救われるという考えでは生きる為に何らかの罪を犯さざるを得ない庶民は永遠に救われなかった
浄土宗と浄土真宗は親戚みたなもんだと思うけど
微妙に違うんだよな
梵字が位牌に付くのが浄土宗で付かないのが真宗だっけ?
焼香のやり方も違うけど念仏はおなじナンマイダ
三英傑の中で一番サイコパスで家臣に裏切られまくつて死に方も惨めだった織田信長
悪人正機説ってちゃっかり肉食妻帯してた
親鸞が自己正当化するための方便だろ
悪人正機説を否定する人間は自分を善人だと勘違いしてるんだよなw
生きてる人間は大なり小なり皆悪人なんだよ
昔の時代なんて悪逆行為を何一つ行わずに生きていられる人間なんで殆ど居ないくらいだっただろ
>>135 中国経由で入ってきた景教(キリスト教)の教典が元ネタやぞ
人びとに念仏を勧めた偉い僧侶たち
空也上人も法然上人も一遍上人も
みな一般民衆にはやさしく説いたが
自分自身は僧侶として厳しく戒律を守る
>>170 エロ破戒僧親鸞
とにかくおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこおめこ
毎日毎日80歳までおめこ三昧
全然調べてないやんってツッコミ入ってるのにスレ進行してて草
浄土真宗は死んだら即成仏なので喪中という概念は無い
なんなら四十九日すら不要
親戚たちの手前仕方なくやるけど
>>165 日本ではそういう宗教的な概念はそぐわないんじゃないかな?
聖武天皇が仏教を導入して各地に国分寺を創ったのも統治のため
一向宗のような宗教が大暴れしたのも、毛利が中央政界の混乱を狙ってのこと
もちろん、キミ達のような一般信徒のために、御為ごかし的な教義は用意されてるのはいつの時代も同じだけどね
仏教ってどの宗派をとってもマジで人を駄目にするだけの邪教だよな。
上座部のサンガは労働禁止だから在家に寄生するしかなくて
個人が自己満で悟ろうが社会的には国と経済を弱らせるだけだし
大乗は輪廻転生理論がないと成り立たないから必然的に差別を生むし。
浄土真宗が日本仏教を一気に陳腐化させたんだよな
南無阿弥陀仏さえ言ってりゃ救われるとかバカすぎだろ
本願ぼこり
悪人正機の意味を誤解して「悪人が救われるというなら、積極的に悪事を為そう」という行動に出る者が現れた。
これを「本願ぼこり」と言う。親鸞はこの事態を憂慮して「くすりあればとて毒をこのむべからず」と戒めている。
ただし今度はこの訓戒が逆に行き過ぎて、例えば悪行をなした者は念仏道場への立ち入りを禁止するなどの問題が起きた事を、
唯円は『歎異抄』において批判している。[13]
嫌儲のネトサヨってカルトキリスト教にへ詳しいのに、仏教には疎いよね
勘違いしたこと言ってるのばかりだし
さらにウリナラ起源主張でキリスト教のパクリとか言ってるが、
常識的に考えてキリスト教が浄土真宗をパクったんだよ
昔のキリスト教は自力主義
似たようなこという日本人キリスト教徒ばかり
ほんまクズ
仏壇はあるのに位牌が無い家は浄土真宗の確率が高い
浄土真宗では過去帳という一冊の帳面に全員記してる
悪人ってのは身分が低い人のことや。
善人ってのは身分が高い人のことや。
貧しき者は幸いである、みたいな話やな。
>>176 今の日本人の一般的な死後の世界のイメージって
仏教的にもキリスト教的にも間違いまくってるよね
>>183 でも自分自身はおめこおめこおめこおめこおめこの親鸞
おめこまみれで人びとの説教垂れるサイコパスのエロ破戒僧
>>167 浄土宗ってのは昔からあった仏教の宗派(割と平和的な普通の仏教)
浄土真宗ってのは、江戸期は一向宗と名乗っており、明治になってから浄土真宗と改名したんじゃなかったかな(江戸期には許可されなかった?)
多分、意図的に浄土宗と混乱させる意図もあって紛らわしい名前を名乗ったんじゃないの
一向宗じゃイメージ悪すぎるからな
親鸞上人はこういうことも言ってたね
我々の姿を照らす光こそ、本願であり、光が多いほど影が濃くなるように、我が身の現実を知らされ、
凡夫という自覚の上に如来のはたらきが生き生きと展開していくのです。
修行して仏さまに近づくと光(後光)が強くなるごとに影(煩悩)も濃くなってしまう
おまえらもそうだと思うけど※あ統一教会のクソゴミは別な
ウチは父ちゃんと母ちゃんの実家がそれぞれ浄土宗と真宗なんで
それぞれの法事行く時微妙に作法とかこまごま違うんだよな
だけど親鸞聖人の教えが共通項だって事でいいのかと納得してる
>>191 焼香の時に抹香をつまんでから額に持って行くか行かないかで違うよね
>>180 そらそうよ
そもそも救われる為に出家が必要になる宗教が国のためになる訳が無い
単に中国で統治機構と一緒になってたから一緒に輸入しただけで
仏教だけ見たら明らかに反社会的思想
現にインドじゃ駆逐されてるしな
つまりケンモメンにこそ相応しい宗教や😤
嫌儲は仏教と道教を板教にするべきやね🤗
>>195 仏様の前であそこまで自分をさらけ出せるってなかなかいないよ
まあ開き直りとも取れるのかもしれないけど
>>196 鎌倉時代の日本全国に念仏を広めたのは歴史的には一遍上人
親鸞は毎日毎日おめこしてただけ
蓮如の教団乗っ取り大作戦の結果
キリストの罪のない人だけ石を投げろみたいなもんだろ
>>180 いや全く理解できてませんね
>上座部のサンガは労働禁止だから在家に寄生するしかなくて
托鉢はそれ自体が修行なんです
>大乗は輪廻転生理論がないと成り立たないから必然的に差別を生むし
これは人は3世に生きているわけですから前世のカルマを背負います
>>193 そうそう
俺も忘れたとけどどっちかが一回おでこに付けるけど
どっちかは三回おでこに付けるらしい
ネット調べれば分かるけど
戒律ゼロの浄土真宗のクソ坊主どもが蔓延って誰も坊主の話を聞かなくなった
檀家制度で胡坐かいて葬式仏教化して日本仏教が本格的にオワコン化
何も分からなくとも何もしなくとも無条件に救われる最後の砦みたいなもんだし仏教らしくはないけどそれはそれでいいんじゃん?信者にとって存在意義があれば
>>168 よく比較されるが、
宗教に打ち負かされ支配されたのがヨーロッパであり、
宗教に打ち勝ち無力化に成功したのが日本、と言われる
そういう意味では、信長公による叡山焼き討ちは、我々が誇る日本史上最高のエポックイベントだったかもしれない
ID:YYXHX7ty0のような宗教信者がどれだけ教義を喧伝しても、社会ではキチガイがワケ分からんことをほざいているようにしか受け止められないのだから
これが日本社会が歴史の中で身に付けた社会の知恵と呼べるものかもしれない
>>203 おめこ大好きエロ破戒僧親鸞のちんぽの精液から出た子孫が
「僧侶の世襲」という凄まじい害悪を日本全国に撒き散らし始めたのが室町時代後期から
聖職者の世襲で寺院の財産特権をどんどん世代を重ねるにつれ積み上げ
日本全国を毒で覆い尽くした
>>205 >宗教に打ち勝ち無力化に成功したの
はアメリカだよ
>>203 真宗は現実的だと思う
仏滅とか赤口みたいな六曜を妄信だとしているところは現実的でいい
決して仏教の戒律を踏みにじってるでもないと思う
>>180 仏教は邪教で君みたいな狂信者ばっかだってことがよく理解出来たよ。
ま~本場インドで滅ぶわけだよね。
カースト制度から逃げるためにヒンズー教から仏教に改宗した人も
結局はムスリムになるって統計が出てるし。
キリスト「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いで悔い改めさせるためである」(ルカ5章31~32節)
>>208 幽霊や超常現象、オカルトはクソって言ってるのは素晴らしいよな
悪人が極楽に行けないのなら
信長は間違いなく地獄に落ちてるね
ようこそ、あの世へ。あなたがどんなダメ人間だろうと極楽に行けるよう、ここでみっちり修行を付けてあげましょう…何万年かかろうとずっと付き合ってあげますよ…現世の人間はここを『地獄』と呼ぶらしいですがね…
現役の尼僧やが
>>1の言う通り
同業者の間では
真宗って底辺でゴミ扱いされてるよ
同じ同業者と思われてないしね
蔑まれてる
中には気付いている真宗ハゲも居て
肩身の狭い思いをしてるみたいだけどねー
将来のことを考えるときには歴史を学ぶのが有効 簡潔に言うと
明治維新で日本人は西洋文化の真似をすることが進歩だと思った
しかしそれは一部の上流階級だけだった ところが大正昭和になるとそれが文学や
庶民の生活にまで浸透してきた そして決定的だったのが敗戦である
敗戦前まであった日本の祝日について宗教に当たる祝日は消えた
こんなのは世界中でも日本だけである
理由はGHQ(進駐軍)が日本の宗教を恐れたからである
宗教をもとに日本人が集結するのを恐れた
(ちなみにドイツの祝日の2/3は宗教的祝日である)
さて西洋文化も浸透し日本の宗教も取り上げられた日本人はどうなったのかというと
守銭奴になった 金があるかどうかが人間の幸せの基準になっていったのである
>>185 魂の無い仏像とか仏壇とか拝むの好きだもんな
おっとレスをミスった。
>>210の書き込みは
>>201ね。
仏教は邪教で君みたいな自己中ばっかだってことがよく理解出来たよ。
ま~本場インドで滅ぶわけだよね。
カースト制度から逃げるためにヒンズー教から仏教に改宗した人も
結局はムスリムになるって統計が出てるし。
今の世襲政治家のように
税金払わない特権が
おめこ大好きエロ破戒僧親鸞の子孫世襲僧侶の浄土真宗教団にどんどん引き継がれて行き
貯まりに貯まり
大名家と同じ貴族として君臨
おめこ閨閥ネットワークで日本を支配
浄土真宗の教えというのは七高僧の中国人の3人の解釈が基になってるから
景教の影響を受けていたとしてもおかしくないね
>>215 僧侶がひとの悪口言うのは戒律違反
在家と出家は違う
尼を騙るうんこは死になさい
真宗の凄いところは室町戦国に大暴れしただけじゃ飽き足らず
昭和にも大谷光瑞というキチガイを生み出してること
世の中悪人だらけだからその方がいいんだよ
昔の人達は現代人みたいに図々しくなかったから自分達を善人だなんて思ってなかった
さすが低学歴板
ガチの悪人だと思って話してるやつがいる
つか釈迦自身が労働もしたことないようなボンボンで
カースト差別や衆生救済より時分の悟りにしか興味なかったクズやん。
本当に衆生を救う気があるなら四門出遊の時点で
眼の前にいる病や貧困で苦しんでいる人たちに手を差し伸べる。
悟りを開いてからも祇園精舎や鹿野園に引きこもって説教してるだけだし。
お前ら全員仏に比べれば悪人だろ
みたいな感じじゃなかったっけ
>>218 世界の宗教地図を見たらヒンズーより仏教のほうが広がっているけどね
ただ仏教というのはその人数とか国の数とかでは判断しないんだよ
お釈迦様の教えは経典にあってその経典は宇宙の真理を表しているから
>>227 浅いなあ
知能がようやく高校生レベル?
悪人正機の悪人定義は仏教上の煩悩や戒律違反
虫殺したり漁師が魚殺したり肉食ったらアウト
嫁とって子供がいるのアウトな仏教では一般庶民全員悪人になる
南無阿弥陀仏で救いも南無阿弥陀仏が世間に知られる前に死んだご先祖さま全員に悪人で地獄にいることになる
一般人及び南無阿弥陀仏以前のご先祖さまに救済を与えるために頭使って考えだしたのがこの理論
>>227 救う気はさらさらないけど精霊にやれ言われてやってる感出してただけだぞ
>>227 キリスト教が伝来したとき、禅僧とよく論争してたらしいが
その時にキリスト教の世の中を直接救おうとする教えの方に感化されて禅僧がキリスト教に宗旨変えしたことがけっこうあったとかいう話を聞く
>>231 具体的な反論が出来ないとそういう返ししかできないよね。
>>221 悪口やのうて事実ね
残念やけど
嘘吐くほうが大罪なので
>>232 お釈迦さまがおっしゃったのは
出家と在家とでは違うやん
出家僧侶のくせにおめこしたいおめこしたい言い訳が悪人正機節
>>227 まったく仏教を知らないというわけではないようだね
君の言うことは正しいがその先を学べばわかると思う
法華経以前の教えはいわゆる模試なんだよ
>>230 世界の信者人口で言えばムスリム>>>越えられない壁>>ヒンズー教>>>仏教だよ。
>>232 宣教師も農民にそう言えば良かったのにな
根が真面目だったんか
宗教ってのは仏教に限らずこの世の不幸や理不尽を直接救おうって活動はあんまりしないんだよな
権力者や民衆に勧めるようなことは教えるが
宗教は、この世が汚れたものでありそこから救われるってのをだいたいの教えにしてる
こういう風だから、この世を革命で変えようとするマルクス主義に「宗教は阿片」って言われるんだろう
>>236 尼を名乗る出家やったら
家も財産も名前も家族も捨て
捨ててあるボロ布を着て
ホームレスになれ
それが出家
>>216 最後の一行、資本主義の悪影響だわなー
GHQのくだりはその通りで
帝都物語もだいたいホンマの話やね
>>212 今日は仏滅だから不吉だとか
そういう迷信・妄信は止めましょうっていうスタンスは現在に即していていいよね
>>235 まーだろうと思ったよ。
君みたいな仏教カルトって天台智顗の五時教判を無批判に信じてる
法華カルトばっかだもんな。
>>217 日本で仏像を拝まない宗派ってあるの?
南伝でも釈迦仏を安置して礼拝するのに
>>244 あ、なんも分かってない頭でっかちの承認欲求拗らせ君か
一人で好きなだけ喚いてればいいよw
>>241 だから人数とかはあまり関係ないんだよ
仏教ではいきなり「法華経」を説かない
それはまずその当時の人々には理解できないと知ったから
それで(華厳経)阿含経 大日経 般若心経を42年間に及んで説いた
そのあと御入滅(亡くなる)される8年前に法華経を説いた
これは足し算のできない人に足し算を教え 引き算も掛け算も割り算も
それぞれの違うお経で説かれた
それで人々の力をつけてから因数分解(法華経)を教えるという経過を
たどっている
あなたはまだ法華経までたどり着かないうちに仏教を判断しているのだと思う
>>211 やっぱキリスト教と悪人正機は全然違うな
キリスト教は悪人を悔い改めさせることであり、あくまで悪人に悔い改めるという自力を要求してる。
浄土真宗の悪人正機とは悪人にならざる得なかった人達=下層の人々であり
善行や徳目を積め悔い改めことのできる貴族や武家との対比で描かれてる。
何で善行を積める貴族が救われ、悪人になるしか生きられない人々が救われないのかと
八幡神社で行われる放浪会は悔い改めることで、殺生をした武士に罪を許してくしてくれるというキリスト教的なことに近い。
浄土真宗は悪人を悔い改めさせることに重点をおいてない。
あと真宗に影響されてか、一向宗が伸びた後に八幡神社でも放浪会などの謝罪儀式で
殺生を許されるのは命令した大名より徴収された下層こそみたいな託宣も出てきた。
ただし福祉が充実した今の日本で悪人正機を唱えるのは少し違う。
昔と違う悪人にならないと生きられれない世ではないのだから
>>248 いや、開眼せずに仏像の形した『ただのオブジェ』を拝む宗派があるわけよ
位牌もそうだね
>>249 コスプレの自称商売尼かよ
悟りとも修行ともほど遠く
尼僧プレイ1時間1万5000円で商売するのがお似合い
>>216 一面では正しいが、日本における宗教=キチガイのイメージを決定付けたのは
やはり織田信長による比叡山焼き討ちと、天草四郎の乱で知られる島原の乱、ではなかろうか
島原の乱でも、かつて戦国時代に毛利家の支援によって各地で頻発した一向一揆よろしく、ポルトガルの支援によって引き起こされた叛乱という、宗教を隠れ蓑にした戦争の別形態であったことは疑う余地はない
ドイツは祝日の名前が宗教関係ばかりなのは有名だが、国政政党や、地方病院、果ては町立図書館に至るまで宗教関係の名前が冠してある
日本のハイブリッド技術に太刀打ち出来ずに、ドイツは苦し紛れにクリーンディーゼルという政府ぐるみの環境詐欺に走った
クリーンディーゼル詐欺によりドイツの大気汚染は史上最悪水準にまで至ることになったが、この間この大気汚染に対しての抗議デモの一つも起こらなかった
ここからドイツは言論の自由のない統制国のようなイメージを抱かれることになったわけだが、彼らは単に宗教原理主義の宗教原理国というのが本当の所なのかもしれないね
話題違いなのでこれはこの辺で
>>250 はいはい。
だろうと思ったけどやっぱり法華カルトの人ね。
しかし天台智顗も五時教判で罪作りなことをしたよな~
いや別に仏教は人殺そうが嘘つこうが盗もうが何やってもいいのよ
仏教がこれらをやるなっていうのは、解脱が遠くなるというのが理由であって、
倫理的な善悪が理由じゃない
最終的な目標はこの世からの解脱であって、幻であるこの世がどうなろうが仏教的にはどうでもいい
>>256 ええこと言う
お釈迦さまの境地は善悪も越えるもんな
>>255 あの 仏典はすべて方便で書かれている
だからその裏を読まないとお釈迦様の真意は伝わらない
そういう風にできている
よく考えると法華経には地面の下から菩薩様が84000現れたとか
書いてあるがそれも方便だ
ジャップには仏教が一番しっくりくるんだぞ?
いや浸透だって?それは違う仏教にとって代わったんよ乗り換えたんよ歴史的に
ジャップが妄信してる西欧白人様だって古い神を捨ててキリスト教【つまりジャップ圏の仏教】に乗り換えたんよ
無理にとは言わないが結局身内が死んだ時嫌でも仏教と向き合うのは100%確実だ
その時坊主丸儲けの意味も噛みしめるほど理解するから
うちも浄土真宗だったからお盆にナスやらキュウリで精霊馬を作る習慣がなかった
他の家の子に聞いた時にちょっと楽しそうで羨ましかった
なんか理論ばっかりのディスカッションが多くなるよね
神社仏閣板の行者スレとかの方が
現場に近くて面白いんだけど
まあ、スレタイが顕教だから
そこは仕方ないのかな。
ゴリゴリ原理主義の密教寺院におると
拝み方なんかの話のほうが楽しい
歴史や経典にあまり興味が無く、知識もかなり薄くて恥ずかしい限り
まあ、大乗仏教はー!とか上座部はー!とか詳しく解説出来ても
人は救えねえしなw
>>251 肉を食べたことがあると思うが君も肉を食べた時点で悪人だよ
地獄で苦しむことになる
それはおかしいと言うのが浄土真宗
お釈迦様の教えは前世とか輪廻とかよく分からんし忘れてこの世は楽しく生きようぜってことだが
>>261 それなら今すぐ宗派の鞍替えをするんだ!
真言宗でも天台宗でもかまわん!融通念仏宗でも華厳宗でもおけ!
>>256 そう。
悟り至上主義みたいなとこがあって、人権や倫理
社会的な経済なんかにはマイナスでしかない。
南直哉という禅宗の坊さんがこの点で問題提起しているけど
南曰く真摯に答えようとする僧侶は今のところいないそうだ。
>>264 仏教に出会うのも因縁だからね
まあいつか出会えたらいいね
>>263 お釈迦さまはそんなこと言うてないやん
親鸞の精子のシミをありがたがるカルト宗派は救いようがないな
悪人にならなければ
生き抜いて行けなかった
哀れな者ほど
救われるチャレンジが
できるのです
>>259 法華カルトは日蓮でも拝んでろよ。
日蓮狂信者で仏教ですらないんだから引っ込んでろ。
>>256 そんなわけねーだろ
仏教に影響された神道の重要徳目で神が善を要求してるのに、影響与えた側の日本仏教が善悪関係ないはないだろ。
正直、慈悲、清浄
【天照皇大神の神託】 謀計は眼前の利潤たりと雖も、必ず神明の罰に当る、正直は一旦の依怙に非ずと雖も、終には日月の憐れみを蒙る
現代語訳: 謀(はかりごと)を巡らす者は、仮に目先の利益を得られたとしても、後々必ず神が罰を下し、正直者は、一時のひいきは無いとはいえ、最後には天地の神々の恵みを賜るであろう
_____________
【八幡大菩薩の神託】 鉄丸を食すと雖も、心汚れたる人の物を受けず、銅焔に座すと雖も、心穢れたる人の処に到らず
現代語訳: 例え、鉄の玉を口にする事があろうとも、神は心汚れた人の献上物を決して受ける事は無いし、真っ赤に溶けた銅に座る事があろうとも、神は邪な人の所には決して行かない
__________
【春日大明神の神託】 千日の注連を曳くと雖も、邪見の家には到らず、重服深厚たりと雖も、慈悲の室に赴くべし
現代語訳: 千日の清めを行い注連(しめ)を引いて内外を清らかにしても、邪心のある者の所には神は行かないが、
仮に忌とされ喪が重なるような人であっても、慈悲ある人の所には神は行くであろう
https://i.imgur.com/4KjGQCc.jpg https://i.imgur.com/efab7x5.jpg >>256 これは合ってる
釈迦の逸話でアングリマーラという人物がいる
>>256 十悪はやったらいけない
その分「苦」という現象が現れるから
>>266 お釈迦様は悟ることが目的ではない
人を救うための手段として悟りがある
自助努力しても親ガチャがある
限界感じた一般国民向けなんだから流行るわな
頭悪いんだから難しく考えるのやめようぜ
浄土はとりあえず拝めばオッケーな糞適当な所だろ
現代人としては適当にされて適当に金取られるだけだし最早意味ないが
絶対他力本願だな
人間が救われるかどうかは人間ごときの力では一切どうにもならない
ただ神(仏)のみがその力を持つ
密教行者は仏教と語らいからは外れちゃうんだよね
やっぱ歴史や経典のレッスンの方が楽しいのかね
>>271 お釈迦さまは在家と出家で弟子に言うことが違う
在家には善をして悪をするなと常識的なことを言って
出家には善も悪もないと言う
>>270 怒りは自分を傷つけて「苦」の現象が現れますよ
仏法としての真理の立場からすると、世間的な倫理善悪は否定するように語る場面もある
世間で人間が認めてるものを「煩悩」とするから
でも世間的な善悪ではないものとして「戒」を示してる
「殺すなかれ」「盗むなかれ」とかの世間的善悪と同じようなものを示す
>>275 まあ、そうだねw
>>276 そう。その通り。だからこそ、神仏に助けてもらおう!と言うのが
密教行者の寺院ですぜ。
実際助かった人はたくさん見てるので
すげ〜と思っちまう
輪廻転生思想の無い日本でそのまま流行る分けないんだから魔改造されるのは仕方ない
>>273 釈迦は悟りを開いた時にそのまま涅槃に入ろうとしたんだから悟り至上主義だよ。
初期の釈迦の伝記に衆生救済の要素は無い。
釈迦の思想を捻じ曲げた大乗の後付だね。
>>260 それはまた違う
もっと現実的な話だ
江戸より前は葬式や死んだ人も神社が扱っていたようだがね
戦国期に大量に出た難民=一向衆徒、たちをどうするのかということで
改宗を誓う(まぁ大人しくしとくと同意した)者には葬式・死人利権を与えた
これが原因で葬式がやたらと高額になる歴史になった一面はあるんだが、それはまぁ
神社は清らかなものを扱い、寺は汚れたものを扱う
そういう役割分担のようなものだから、あまり深くは考えなくてもいい
世界一高いと言われる葬式だって、元はといえば、寒冷化による生産量の減少が原因とはいえ、村から弱者を追い出したそういう負の歴史が周り回って生み出したような部分がある
現世でお行儀よくすれば救われるってのは統治術としては正しい教えだけど宗教としては微妙だよね
行いがどうだろうが心が本当に神仏に深く帰依してるかどうかで見ないと魂の救済にならない
キリスト教の信仰義認しかり宗教が社会や政治に迎合してしまうことへの反動と思われる
>>278 出家者ともなれば善悪はないと言われたからって悪行に邁進せんからな
仏陀の時代では、という但し書きが必要かもしれんが
>>275 拝めばokじゃないよ
真宗は阿弥陀は既に我々凡夫を救ってくださってる
だから拝んだり念仏で救われるのは浄土宗
浄土真宗は念仏すら知ることのできなかった人々こそ救われるへきって考え方で
上にある善悪超えてみたいなのは真宗のみだろ
他の仏教は基本的に徳目や戒律を守るべきって考えゆ
金出してボウズにお経読ませてお布施して仏像や寺建てるような自力で救済可能なやつらが善人、まあもちろん自分で悟れるような奴もな
そんな金も暇も無く仏に心を寄せることも日常生活に無い奴が悪人
そんな悪人でも時々でも阿弥陀様に生かして貰ってる、そして来世は阿弥陀様に救っていただけると信じて信仰告白する「南無阿弥陀仏」を唱えれば(唱えようが唱えまいが救われるのだが)、この世にいる間死んだらどうなるんだと心配して心か乱されるようなこともなく、本来の人間性に従って生きる=正しく生きられる
そんな教え
南無阿弥陀仏って呪文を唱えればどうなるって話じゃ無い
>>215 馬鹿マンコは生来人を惑わす害悪なんだから例え掲示板といえども弁えて人の目に触れないようにしなさい
>>278 あたりまえなんだよな
相手に合わせて説くからみんな違う
例えば医者は患者に合わせて風邪薬も出すが腰痛の薬も出す
結果として健康になる
>>279 苦を避けて生きるのが仏教なら
そんなものはいらない。
そもそも、法華を至上にすえるカルトが何を言うか。
鏡を見ろ。
>>55 真面目な公務員はいないが真なる善人は世界に1人くらいはいるやろ
そもそも親鸞のいた鎌倉時代一般人には現代サンスクリット語直訳の仏典や正しい仏教知識はない
浄土真宗は鎌倉時代の庶民対象にしている
だから釈迦はこう言ってないだとか指摘は的外れ
鎌倉時代の庶民知識レベル常識、風潮を基礎におかないといけない
神は全てを救えるってとこの
逆説やからな
そも神は居ないから積む
どうして「殺すなかれ」なのか、そんなん人間のつくった道徳的な観念に過ぎないじゃないか!仏陀のような超越者はそんな世間的な安いものなど超越してるはず!みたいな感想が哲学や知性で学んでるような立場からは出るようだけど
「殺すなかれ」みたいな戒の理由は、解脱して初めて分かるって風にも言われるみたいだな
>>283 >釈迦は悟りを開いた時にそのまま涅槃に入ろうとしたんだから悟り至上主義だよ
これも違う
お釈迦様はインドの人間の状態を見て説法は無理だと判断した しかしその時に梵天様が
現れて昔やった方法(方便)を用いてできないかと勧めた
本業の方おられて驚いたわ
興味深いから1から読み直すわ😢
>>290 密教の自称尼
歓喜天像みたいにちんぽ咥えるのがお似合い
密教のセックス儀式で1時間1万円でやってろ
地獄極楽信じてた時代なら
そりゃ信者増えまくったろうな
>>301 日本仏教は紛い物だから除外するけど
原始仏教における地獄はちゃんとあるよ
地獄=現世だけど
生死の解決、生死から解脱し明らかにすることで初めて「死」とは何か「命」って何なのかが分かる
それが分かって初めて「殺すなかれ」の意味が分かるってことかね
一方で知性で道徳的な徳目や感情の理由を探究しても分からないから自然とニヒリズム傾向になってしまう
西洋の現代思想とかはそんな感じだな
宗教スレって訳知り顔で自分の妄想で語りだす馬鹿いっぱいあらわれて会話成り立たなくなるんだよな
今ID真っ赤にしてるヤツらな
>>299 公式が勝手に言ってるだけで釈迦にその気はないよ
>>284 現実的なのは真宗だぞ?
神道なんて多くのジャップは求めてない
ジャップである以上どうしても仏教(浄土や日蓮他)が今の時代圧倒的多数決でスタンダードなんだ
それが現代のジャップの宗教事情
仏教というのは仮に法華経でもいいが
宇宙が誕生する前からの記憶を持つ阿頼耶識(あらやしき)という蔵がある
それを仮に「霊魂」と言おう
そして生まれてから肉体の持つ欲望に支配された「煩悩」がある
そういう2つの精神があって
その会話がお経では説かれているんだよ
人間誰しも長く生きてると罪の意識に苛まれることはある
あの時こうしてれば、とか何故俺はあの時こうしなかったのか、とか
そこで「いわんや悪人をや」の論理は救いとなる
>>299 梵天、つまりブラフマーは存在の源で、あってあるものあってなきもの
故に人にこうしなさいなどと説くことは無い。
リグ・ヴェーダでもそう書いてある。
ヒンズー教に取り込まれた後の仏教の後付けだよ、その言い訳は。
>>288 浄土真宗ってのは江戸期にはまだ一向宗って名乗らされてて、明治になって改名を許されたときに
意図的に混同しやすい浄土真宗と名乗っただけの似非みたいなもんだから、本来教義もクソもないんだよ
でも、その辺のクソさが現代社会にマッチしてしまうというw
俺は個人的には一休さんに出てきた禅寺みたいのが仏教っぽくて、そうあってほしいなとは思うけどね、
現実は京都のキャバクラに入り浸ってるような坊主が現代仏教の坊主なんでしょうな(ヤレヤレ
知ってる禅僧の言葉を借りると
「殺すなかれ」ではない、「殺しようがない」なんて言われてた
普通の知性や感覚からすれば意味不明ではあるがまあそういう感じなんだろう
>>308 これも例えだからね
お釈迦様は最初に華厳経を説かれた しかし高度だったから
理解する人はいないんで阿含経に始まり
>>250なわけ
>>313 禅宗なんて太平洋戦争に協力してたし
いつの間にか座禅もやらねえわ経は読むわのゴミやん
>>296 イスラムはキリストとか浄土真宗みたいな貧乏暇なしを救う教義はなかったのかね
浄土真宗といったらこれすごい話だよな
https://diamond.jp/articles/-/274798 戦国時代に琵琶湖の胡族が山伏一行を強盗目的で皆殺し
命乞いする少年も容赦なく殺害したが当然山伏たちの本山がブチギレ
室町幕府に願い出て胡族の本拠地全体を罪に問おうとした
事の重大さにやばいと思った胡族の親父が自分の首と引き換えに謝罪
何とか山伏たちの本山の怒りは治ったが胡族は世の無常さを嘆いて浄土真宗の寺に出家
悪人正機ということでこの胡族を浄土真宗も受け入れ
強盗殺人した奴が親父が罪被って自害したから反省して出家したって話だけど
浄土真宗ではなぜかこれが美談として受け継ぐ
>>313 現代社会だけじゃなくていつの世でもマッチするんじゃないか?
だいたい神だ仏だとか死後の世界だとか先祖の霊だとか
みんなホントに信じてるの?w
なんとなく空気読んでそういってるだけじゃないんかな?
これまで立った仏教スレでも割と当たりの方だなこのスレは
真剣に語ってるから面白い
そもそも生まれた時点でみな悪人や
生きもの殺して生きていかないといけないからな
自分で自分を救えない人を悪人という
そういう人こそ救わないでどうするという思想
自分で行いを改めたり善行をなせる人は
自分で自分を救ってるからそれはそれでいい
>>313 禅の曹洞宗は苛烈な部落差別でぶっ叩かれたっていうw
「自性霊妙、常住の法に於いて、断滅の見を生ぜざるを名づけて不殺生戒となす」
無相心地戒と言われる、昔は一部の人間にだけ示されてた戒がこういうものらしい
まさに「殺すなかれ、ではない、殺しようがない」ってやつだな
>>309 >現実的なのは真宗だぞ?
そりゃそうだろ
底辺が圧倒的に多くて、つまり穢れもそれだけ多いわけだからね
しかし、キミ達のような宗教やってる連中と違って、普通の日本人からすると神社と仏教にそんなに明確な差異を認識していないし
ましてやシントウなんて言い方もあまり馴染みがない(如何にも宗教関係者のような言葉遣いで地味に攻撃的な部分はさもありなんかなとは思うけどねw
ま、そんなカリカリと気にしないでくれよ
なんの戒律も無いし坊主もガンガンセックスしてるし
宗教要素薄いのが良いんだよ!
当たり前だろ宗教なんてヤクザと詐欺師足したような奴らが当時から僧やってたんだから
>>329 日本の坊主ども全員チベットに飛ばしてえわ
釈迦は弟子に腐ったの出したおっさんの名前は黙っとけと言ったのに
弟子はチュンダチュンダって言いふらしてるからな
こんな弟子の残した経典なんて意味ないよ
>>319 そうそう
だから周りを納得させるのに都合がいいんだよね
他の宗教だと残された奴がなんかしないと極楽にいけないよみたいな感じだから
なんかやってる感出す必要があるけど
浄土真宗はそういうことやらなくてもOK
浄土真宗のお寺がある地区は高確率でアレ
西日本では常識ですよ
>>312 もともと仏教はヒンズー教と対立しない
なぜならヒンズー教でカーストに入れなかった人たちの受け皿がスタートだから
ただ大乗仏教は総じてゴミとだけ言っておきたい
間口を広げただけあって仏教に触れる入り口としては良いけどいかんせんその入口から先に進めないような教えになってる
金儲けとか利権が絡んでるのは他の宗教と同じ
これはもちろん上座部仏教にも同じことが言える
東南アジアの初期仏教に近いとされる上座部仏教でさえ世俗化が進んでる
親鸞か蓮如か知らんが日本人の坊主よりなぜ釈迦をあがめない
>>294 仏教は苦と楽が一つになる
しかし十悪は「苦」の現象を表す
自分が極悪最下の悪人と知り得るまでは
悪人正機も絵空事
>>336 宗教は全部ゴミでしょw
誰も体験談語れないけど必ずやってくる「死」を伝家の宝刀にして
集団を都合よく操る手段でしかない
まあジャップ仏教は事前活動すらしない拝金主義者の塊よ
>>334 >浄土真宗のお寺がある地区は高確率でアレ
全部が全部そうだとは言わないけど、江戸時代に入ってからそこに一向宗やってた残党集めて住まわせた地域なんかはそうだろうね
日本も宗教関係の扱いには苦心して来たんだろうなと
それでも日本は宗教みたいなキチガイが蔓延することを回避してきてんたから立派だよ
>門主自身と親鸞を教導者として同一視しているように読める文章になっている、などと批判。「発布の責任は宗務機関の総局にある。
新しい領解文を総局の責任において早急に取り下げていただきたい」と話した。
https://www.asahi.com/articles/ASR5R7688R5RPLZB003.html ようするに権力争いか
下らん話だな
そもそも宗教って広めようとすると腐るからな
とはいえ拡大路線をとらないと消滅
存在しないほうがいいのが宗教
多分日本で一番有名な坊主一休宗純
この人も最終的に浄土真宗に帰依してたりする
>>340 俺は信じられるのは仏教だけだと思ってるけどお前から見たら全部同じなんだろうな
まぁそれはしゃあない
>>334 西日本とくに関西なんて浄土真宗ばかりだろ
げんにおれの家は母方が東本願寺で父方が西本願寺
>>1 じゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ😱
>>347 そだね
自分から見たらどの宗教も
>>340でしかない
死を使って脅しているだけの存在
>>328 俺は宗教的な事がらについて特に仏教に対してはお布施代が高すぎるという事に対しては異常なほど怒りを覚えるが
それは親が死んだ時に苦い酒として散々味わったからだ
ところで、仏教全般の在り方についてはカリカリ怒りなどないぞ?
ただ統一や降伏やその他カルト教なら怒り百倍だが
>>278 日本が特殊なだけで原初から出家したら律を守らんと追放やし、律において反社会行為は基本NGやぞ
善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人をや。
のこと?
阿弥陀仏からしたら人の道を外れた悪人をこそ救わねばならない対象なんじゃないの?
>>344 浄土真宗の門主は血統主義だから、門主一族に第三者が権威、権力で勝てるわけないだろ
>>336 大乗仏教自体が傍流のうえに
さらに日本のそれは日本人の教祖を崇拝する宗教にとってかわっとる
>>135 相互扶助の精神が強いのもキリスト教っぽいよね
っていうかキリスト教の良い所だけを抜き出したのが浄土真宗なんだよw
この世に生まれて宗教に出会える人もいれば出会えない人もいる
なぜこの世に自分が生まれてきたのかを知らなければ永遠に六道に
生まれ変わって「苦」を味わう
そこから脱出する方法をが書かれているのがお経とか聖典なんだ
>>336 宗教はある程度世俗化したほうがええよ
尖がるとオカルト化し戦争や暴力の原動力になり悪さしかしない
浄土真宗の宗憲における本願寺住職と門主の継承順位
1 住職の嫡出の長男子
2 住職の嫡出の長男子の長男子
3 前号以外の住職の嫡出の長男子の子孫
4 前各号以外の住職の子孫
5 住職の兄弟及びその子孫
6 住職の最近親の系統に属する者
序列
長男子及び長男子の長男子がいないときに、住職の嫡出の長男子、
住職の嫡出の長男子の長男子以外の住職の嫡出の長男子の子孫、
次子及び長男子の次子等、長男子及び長男子の子孫以外の住職の子孫、
住職の兄弟及びその子孫、
そもそも悪がないと人は学べないからな
善と悪はマッチポンプよ
どちらにも真実が内在している
>>358 世に対して一番尖ってた頃の初期仏教が一番丸いんだよね
仏教がカルト化したのはむしろ世俗化してからと言える
本願寺派 門主 大谷 光淳 旧伯爵家
大谷派 門首 大谷暢裕 旧伯爵家 父親が平成天皇の従兄弟で曾祖父母が現天皇と同じになる
高田派法主 慈祥 皇別摂家 後陽成天皇男系男子 旧男爵家
仏光寺派 法主 渋谷真覚 崇光天皇男系男子 旧伏見宮系統なので竹田家と同じくらい 旧男爵家
興正寺派 法主 華園 真暢 東山天皇男系男子 旧宮家より現天皇に近い男系男子
浄土真宗 伝灯相承
本願寺住職にして門主の伝灯相承の順序は、本山典令及び本願寺寺法で、世襲であって、宗祖の系統たる大谷宗家の家系に属する者が、次の順序で伝灯相承される。
住職の相承は、その遷化又は辞任に因って行う。この場合において、新門があるときは、直ちに相承を行う。
1 住職の嫡出の長男子
2 住職の嫡出の長男子の長男子
3 前号以外の住職の嫡出の長男子の子孫
4 前各号以外の住職の子孫
5 住職の兄弟及びその子孫
6 住職の最近親の系統に属する者
>>354,359
よう分からんけど、キミ達は大名とは真逆の存在なんだから
下から見た方が偉い、みたいなので良いんでないの?
教義もそういうものだろ?
なんで大名家や高貴な家柄のコピーみたいなことやっちゃってるのかな
自己矛盾に気付いて貰って下さいね
確かに権力争いなんて起きそうではないわな
単なる新門への忠言だろ
仏教を正確に理解してないで批判するのは
自分の程度をさらしているように見えます
お釈迦様が説かれたのは仏教ではなく「仏法」ですから
仏教というのは総称的な名詞です
仏法とは何かというと
「法」とは「人の道」という意味です
悪人正機ってキリスト教で言うところの原罪意識であってリアル犯罪のことじゃないだろ
仏教というとそこには教祖がいるわけですが
お釈迦様は教祖ではないです
友達なんです
群れで生命を維持してる種のアリとか蜂とかハイエナとかは
戒律が無いと群れ存続できないからな
この世には因果があるとか錯覚する知能持つと
神が居ないと説明がつかなくなる
>>336 こんだけグズグズにしないとこの極東まで仏の教えがこの世にあるという事を知らしめる事が出来なかったんや
知って求めればその求めに応じて源流まで遡る事も出来る
我々が2400年経っても仏の教えに触れることが出来るのは方便をもってでもここまで広め伝えてきたからこそなんよ
だからと言って方便を崇める必要は勿論ないがまあ一々腐す必要も意味もない
比叡山のクソ坊主「修行してる俺らこそ救われるんだぞ!泥まみれで毎日働いてる俗物どもはひれ伏せぃ!がはははwww」
↑
この前提を知ってるかどうかでだいぶ印象変わる
>>366 批判されてるんじゃなくて、触らぬ神に祟りなし、みたいな扱いを受けているんだと気付けよ
少し歴史を振り返れば、キチガイ全開の所行のオンパレードだろ
別にキミ達○○教がどうとか言われてるわけじゃない
宗教全般がキチガイとしか受け取られてない
そういう我々の認識が、この日本が宗教に打ち負かされなかったという歴史の証明でもあるわけだ
のめり込み過ぎて自分を見失うなよ
お前らってなんでこの程度もできないの?
「これぐらいできるわ」って言うなよ。おまえらはやっていない、できなかったんだから
コロンブスの卵
浄土真宗 悪人 意味 でgoogle
>親鸞聖人の言う悪人とは、「自らの力で迷いを離れることができない人」のことで、正機とは「めあて・対象」のことです
>悪人正機とは、「自らの力で迷いを離れることができない人 こそが、阿弥陀様の すくい のめあてである」ということです。間違っても、悪いことをしたほうが救ってもらえるという教えではありません。
https://www.shoukyouji.or.jp/blog/oshie/akuninsyouki/ >親鸞聖人のいう悪とは、仏教的に悪かどうかということなのです。
>悪人とは、自らの力で煩悩を捨てきることが出来ない人のことを言います。
真宗が歴史的に凄いのは武力でジャップ政権を駆逐したところにあるんよ
富山県とか石川県あたりの富樫なんとかって戦国大名を滅ぼしたのが真宗
お上の言う事には逆らえないというジャップの定説をひっくり返したのが真宗と北陸ジャップ民
スマナサーラ長老のyoutubeでも見てた方がマシ
祖父&祖母「うちは代々真宗よってな」
パパ&ママ「うちは真宗やからな」
幼きぼく「はへー😮」
パパの死後に寺と連絡取って
ぼく「真宗ということで」
寺「え?うち浄土宗っすよ」
ぼく「え?😲」
というのはあった
今でもうちがどっちかごっちゃになる
身内に草加や統一の信者がいたら
やはり宗教アレルギー起きるよね
>>375 >「善人」とは「自力作善の人」、つまり自分の力で、修行や善い行いをすることができる人のことだとわかります。
>「悪人」とは「煩悩具足のわれら」のことで、日々煩悩にとらわれてしまい、修行などはとてもできない私たちのことです。
https://note.com/honno_hitotoki/n/n59450fba9448 それまでの仏教は「鎮護国家」=「国」を安定させるための宗教で、「民衆」を救うための宗教じゃなかったんだよ
「末法思想」が流行ったときに 「新宗派」を立ち上げて信者を集めるために、
「庶民でもわたしの宗派=浄土真宗を信じさえすれば極楽浄土に行ける」ってやったんだから、悪人=一般人のことなんだよ
俺の母も創価学会員だから当然宗教なんて大嫌い
掃除機の棒で背中叩かれてお経を無理やり読まされた
あれから何十年もたった今 母にありがとうという
気持ちでいっぱい
一向浄土真宗って穢多非人用だったって習ったな
うちの地域(北陸)は真宗少ないから詳しくは知らんけど今でも穢多非人の家系くらいってツイート見たけど
>>380 そら新興宗教とかカルトは
宗教では無いだろw
人間に生まれたわけ
宗教に出会えた限りなく少ない運
そして宇宙の根源を理解できた今
ちなみに
>>1の浄土真宗=「本願寺」な
>本願寺とは、鎌倉時代に親鸞が開いた浄土真宗の一本山である。
>もともと本願寺は、真宗のなかでも弱小勢力に過ぎなかった。
>応仁・文明の乱以降、蓮如が教団を拡張して大きな影響力を持った。
【戦国こぼれ話】織田信長はなぜ本願寺と10年にわたって戦ったのか。そこには意外な答えがあった
https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabedaimon/20210323-00228798 >>384 昔は草加は日蓮正宗の講演会だった
今は破門されたけど
だから俺は法華経をお経にしているが
まあ仏教とキリスト教を全般的に学んでいる
>>182 浄土真宗は南無阿弥陀仏と唱える必要もないのだよ 流行りの無詠唱だよ無詠唱
>>376 日本で宗教やってるのって、例外なくおかしな人達じゃね?
初詣行くし、墓参りも行くけど、宗教信者じゃないしな
なんなのあんた?九州の人?
>>383 北陸では、柴田勝家や前田利家が、親分の織田信長以上に苛烈な一向宗潰しやったからな
ある意味羨ましくもある
幸福になりたかったら何かを信心して
感謝の心を持つのがいい
感謝の心は宇宙の根源たる神仏に近い感情だから
ケンモメンて仏教スレになると真顔で唾いっぱい飛ばしながら主張を繰り広げるからキモいよな
仏教の面白い所は
仏教を一切知らない人間でも悟りを開けるという所なんだよ
とある出家者が師匠に尋ねた
弟子「何故出家者ではない世俗者が悟りを開く事があるんですか?」
師匠
「彼らは我々出家者より多くの「苦」を味わうからだ」
>>393 日本の宗教の歴史はゆがんでいるからあなたがそう思うのも無理はないでしょう
>>216 しかし私の体験は違います 神仏に守られた経験があるからですというか偶然はないんです
(´・ω・`)免罪符……🥺🥺🥺ていうか、大日如来様はそういうスタンス
>>394 宗教のいう幸福って
「死」というネタを使って人の不安を錯覚させることだからなあ
>>394 信心しなくても(てか、信心するって表現なに?キモw)、宗教なんてやってなくても
日々まわりに感謝して生きていくことは全然普通だよ
キミ達は人としてのレベルが落ちるから、宗教なんかに嵌まってしまうんでないのかい?
宗教がなきゃ、周囲に感謝の念を持って穏やかに暮らせないってのは、野獣のような一向宗の輩だからじゃないの?
別に良いけど、戦国時代じゃないから大人しく穏やかにたのんますわ
近代西洋哲学のレベルになってようやく親鸞の思想が理解されてきたんよな
この思想を鎌倉時代にただ一人思想展開したことが単純に思想革命として
ノーベル賞モノ
対日如来とかいうゴミは思考停止の産物
偶像崇拝のゴミ
アニメのキャラと何も変わらない
年食ってくると宗教ってわりといいこと言ってんだなと思うようにはなってくるよね
生きるの楽にするためのある種の思考法と捉えてけばいいんだろなと
>>402 いや、毛利の支援を受けてたのが戦国期の一向宗で
江戸時代は湿地とかにまとめて住まわされたけど
それが明治になって復権したような感じじゃないのかね
ここにいる信者のレスみたら、全然ヤバいの変わってないやんってなるけどw
>>400 そうじゃない
うまく説明できるといいんだけど
スピリチュアルって言われるからねw
>>310 >>401 まあ それは人それぞれでしょう
例えば何かの経験で神仏に守られたと感じる人がいたら
信心の心を持つかもしれませんし
犯罪とは誰が決めたんだよ?
人間が勝手に決めたルールを神仏が知ってるわけないだろ
そんなのを許すとか救うとか知らねーだろ
まあ、メンタルヘルスが普及すれば、「宗教やってるのが病気だなー」ってわかってくる。
もちろん宗教被害者も減ってきますね。
まさにカルトですよ、宗教。
>>409 人間には2つのルールがある
宇宙の法則と法律
法律は人間社会のルール
しかし宇宙のルールは生命のルール
だから法律と宇宙のルールはマッチしない場合もある
>>410 宗教を否定するのもこちら側から見たら宗教なんですよ
>>408 >>310という設定を使って
「死」というネタを使って人の不安を錯覚させたんでしょ?
>>1 犯罪犯してなくても生きてる以上は悪人であって、犯罪犯したら極悪人なんだから「極悪人正機説」がない限りは犯罪者は地獄行きに決まっとるやろ🤔
>>385 根源は絶対理解出来ないってことを理解出来たってだけよな
アンビバレンツなんよ
>>408 立派な事ばかり言ってるように見えるけど、キミ達が叛乱やテロのオンパレードだった歴史は変わらない事実としてあるわけだ
神仏に護られてる~とか言いながら、集団で社会に圧力かけたりするから嫌われるんだよ
>>1 ADHD
https://www.mentalclinic.com/disease/p7651/ 5chでたくさん書き込みたい、衝動性
治療薬
イニチュニブ(元は血圧の薬)
衝動性に効果があると言われています
人類が死から解放されたら全ての宗教は瓦解するんだよね
>>414 人間には理性と煩悩がある
これは死とは関係ないでしょ
>>416 お釈迦様の阿耨多羅三藐三菩提は理解できません
しかしビックバン以前の宇宙ができる前の時に生命があったことは
法華経に書いてあります
奥行きありすぎる思想なので
三木清や吉本隆明など近代以降から昭和の思想に影響もたらせたのが親鸞
>>420 理性や煩悩があるから
誰にも訪れるけど誰もがその実態を知らない「死」を恐れるんだよ
>>417 ガンジーがインドを英国から独立させたのが非暴力運動です
ガンジーがインド独立したときの非暴力運動も
元は仏教にある
親鸞一族が公家皇族と代々婚姻していって上級化したので正体見えるよね
>>163 そんなラノベ読んでないでちゃんとした歴史の本読めよ
黒田俊雄とか
寺社の果たした役割に比べたら信長のやったことなんて屁でもない
>>421 昔からその手の人達を集めて管理するのが宗教、と捉えておけば宗教にも役割はあるのかもしれないけど
それでも叛乱暴動の数々は言い訳効かないよな
しかし、日本が和の国と呼ばれるのもこんなとこだよね
東大寺なんかも公家の跡継がない人から戦争であぶれた難民までみんな受け入れて、もちろん公家の人は寺の偉いさんとかになるんだけど、そうやってみんなを上手く受け入れて回してたんだよな
それにしても宗教やってる輩って、歴史の経緯も知らず、自分たちの出自もいまいち理解せずに
何故かビミョーに上から目線で説教くさい話を押し付けてくるあたり、ちょっとどうかとは思っちゃうなぁ
>>421 仏教を正確に理解したらそれは科学なんですよ
だからほとんどが理論で説明できる
よって迷いはないんですよ
ふつうに言ってもインパクトないだろ
説教なんだから
三島由紀夫が仏教にも博学だったが
親鸞の領域までには至らなかった
要するにお釈迦様の現れた2500年前には今と違って望遠鏡もなければ
顕微鏡もない
その中で宇宙の真理を伝えようとしたら
色即是空 諸行無常 と言うしかないから
しかし現在は物理学があるんでそれを利用すれば
宇宙は解けます
>>425 初代は性交するけど
2世からはクソしか居なくなるんよなジャップ
>>427 信長・秀吉・家康は日本史が誇る三英傑
一向宗はただのテロリスト、圧力団体
キミの知能では複雑過ぎる事象ならば、このように丸暗記して戴ければそれで結構
丸暗記、お得意でしょ?
釈迦の教え
すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ
「暴力を絶対的に否定」する教えに反する野蛮な一向一揆を主導する教団は断じて仏教ではない
>>436 思ってたよ
還相回向まで理解してるから
そこが三島は納得ができないらしかったが
>>428 恐れさせているのは宗教が信者に対してね
先祖だとか地獄だとか輪廻だとかで脅してる
生きている時は感謝しろとかもその類例
>>440 それはカルトですね
まあそれと仏教を一緒にしてはいけません
カルトの見分け方はお布施を教団にするかどうかです
結局釈迦に粥を与えて命を救ったスジャータが神だよね
キリスト教では「原罪」
仏教では「無明」
浄土真宗「宿業」
我々の知らないところで我々を動かしているものがある
>>442 仏教も同じでしょ
輪廻転生とか証明しようが無いものを使って
信者を操作しているわけだし
後は司馬遼太郎や五木寛之あたりに最も影響を与えた宗教家ともいえる
清沢満之を発掘したのは司馬だからな
>>445 転生輪廻は仏教でもバラモン教でもあります
これは古いインドの哲学なんです
インドでは紀元前から人体の解剖もしていて
すでに「原子」という存在も知ってました
親鸞や法然の時代は人々は因果の連鎖に雁字搦めになっていて
さらには末法の世に安徳帝は海に沈み王法は滅び庶民は路頭に迷っていたんだよ
その中で人々を救済しようと起こった宗派の一つが浄土真宗
>>437 気持ち悪いNG
輪廻転生はヒンズー教でもキリスト教でもあったんです
しかしキリスト教では異端者ということで火あぶりにされました
>>448 じゃあ仏教もバラモンも同じだね
やっぱり宗教はそういう存在でしかないという事
死が商売のネタなんだよなw
親鸞は西田幾多郎や鈴木大拙にも多大な影響を与えたわな
AIが宗教とか嘘やん
これから今までの宗教とか梨なwwってなったら
新しい宗教出来るのかな
>>451 でもあなたもいつか死ぬんですよ
そのあとどうしたらいいのかを説いているのが仏教なんです
ということは死後の世界を幸福に生きる知恵を教えてくれているのが
仏教なんです まあ他の宗教もそうでしょうが
浄土真宗は罪を犯した人間や働いてない人間でも極楽浄土に行けるから
>>454 死んだ後は何もないから意味のないことなんだよね
死後の世界という誰にも確かめようが無い話で人間を不安にさせて
操るのが宗教という事
死に特別な感情のない現在で宗教とかコストでしかない
>>457 宗教は不老技術の進展とともに断末魔をあげるだろうな
死なないなら死後の世界を気にすることも無いし
先祖が~とか言っても気になるなら先祖に有って話せばよくなるからねw
>>458 では別の見方をしましょう
未来を予測できる人がいて Aさんが交通事故にあう未来があったとしましょう
そうしたらAさんにそっちに行ってはいけませんよということができますよね
しかしAさんが信心深ければその声は聞こえますがそうでなければ聞こえないので
交通事故にあってしまいます
>>449 法然は「今の時代は末法である」という前提をおいて選択本願念仏集で聖道門は役に立たず浄土門に救いを求めるべきと書いてたけども、「そもそも末法の時代であるか否か?」ということの根拠としては安徳帝云々は説明不足な気もするんよね🤔
そういう出来事なんて過去のインドとか中国でも日本でも日常茶飯事な気もするんけども
>>462 それと宗教に何の関係があるの?
未来を予測できるのが宗教とかでも言いたいのかな?
>>464 お釈迦様は未来にも過去にも行けるんです
仏教が権力と結びついたのを脊髄反射的に批判する人が多いけど
どヤクザに過ぎなかった日本の支配者層に地獄やら極楽往生やら現世利益やらを餌に
庶民に施しをさせたり道徳を守らせたりという為政者教育をしたのが仏教だからな
漢字が土を清めるって思想やからな
性悪説なのに性善説採用してるのがおかしい
>>465 お釈迦様殺したら
未来や過去のお釈迦様はどうなるの?
>>468 お釈迦様は永遠の命を持っておりますので死なないんです
>>462 信仰で救われることは無いんよ
それまでの準備により救われることもあると言うだけ
コントロール出来ない事象に対して人間ができることはそのリスクを回避する努力しかないってことであって、信仰しているだけで救われることは無い
信じてりゃ救われるだなんて信仰義認のプロテスタントみたいなカルト宗教でしかないんよ
>>468 お釈迦様はあなたのすぐそばにおられます
>>469 命を持っているという事は生命体なの?
誰がどうやって生命体かどうか確かめたのかね
三木清や生死にかかわる思想評論問題は
東大や早稲田国語でよく出たので
いろいろ読み漁ったなぁ
東大国語でも文理共通問題で大谷大学の先生の日本の生死精神思想評論が出題されたろ?
>>471 お釈迦様はなんというか仮の姿で
本当は久遠本佛という宇宙の根源たる存在です
久遠本佛がわれわれ人間界に現れるためにわざわざ
ネパールの王子としてお生まれになったのです
>>476 > 本当は久遠本佛という宇宙の根源たる存在です
そんな勝手な定義されたら他の宗教の人が怒るんじゃないの?
ほかの宗教信じている人にとっては根源の存在は異なるよね?
>>470 しかしあなたはもう信仰を始めているんですよ
>>475 三木なんて読む意味あるか?
清沢と宇井がいれば十分だろう
>>477 仏教ではそうなんです
もっと勉強すればキリスト教も仏教も同じだってわかります
>>478 信仰ってのは行為であり日々の掃除のことやね
現代はもう中世と大して変わんないからこれでいいんだよ
>>482 あなたはここで宗教に出会った
それは偶然ではないのです
>>476 ブッタは釈迦の国の王子様
階級はクシャトリア
本来宗教活動はバラモンにしか認められてなかった中
王子様って事でそれを認められてた
>>480 難関大学国語で頻出
日本評論全集に三木清の親鸞論が掲載されてる
そこで読んだ
糞難しい
善人とか悪人とか関係無しに全員救われるのは予め決定されてるって教えだからな
法蔵菩薩が阿弥陀如来になってるって事実が全て
ただし親を殺した奴や仏像破壊した奴は除く
>>481 仏教ではそうなんですって言われても
仏教徒ではない人から見たらそれはその人が勝手に言ってるだけだよ
つまりあなたはキリスト教徒やイスラム教徒の信者は
騙されているだけで本当はアッラーよりも上位に釈迦がいると考えているわけなのかな?
>>485 シッタルーダ(王子)は中の人は久遠本佛だって
法華経で明かされます
>>484 人は最初から悟りを開いとるんよ
天台本覚やね
人ゆえに人の卓越性を行かす生き方をするべきと最初から知っとるんよね
そこに信仰などいらない。日々、人の卓越性を活かす生き方をしていれば良いだけってことなんよね
>>489 キリストも仏教も元は同じで宇宙というのはもともとが一つの意思ですから
宗教の根源も1つなんです
しかしお互いは認めないでしょう 特にユダヤやイスラムは
バラモンじゃないブッタがあれだけの宗教を起こしたのは本当に凄い事だと思う
浄土真宗といえば、親鸞は非常に独創的な宗教家であったが、彼も偉大なる聖德太子のことを常に讃えていたよねw
>>492 > 宇宙というのはもともとが一つの意思ですから
なんで確定的に書いてるの?そんなの決まってないでしょ
>>493 仏さまの生まれ変わりだからね
ブッダは佛界から天界に来て一回死んで人間界に生まれた
>>252 開眼供養の有無ということですか
狭く言えばそれをやっているのは天台宗と真言宗だけでしょうね
>>496 私たちと宇宙の意思が同じだからわかるんです
>>500 不思議ですよね どうしてみんな救ってくれるのか
>>494 人がコントロール出来ないものの代表例として六道を置いた時代にのみ有効なレスやね
>>492 > しかしお互いは認めないでしょう 特にユダヤやイスラムは
ユダヤやイスラムの人にぜひこれを喧伝しないとな
アッラーとかも仏教の神と同じなんだけどお前らがそれを認めないだけだ
って仏教徒が言ってるよと
ところで根源が一つなら釈迦とアッラーは同一人物なの?
逆に他の宗派だと
「あいつは俺より得してる」って思っただけで地獄行きという罠
>>506 霊なんですよ神仏は
あえて名前を付けると大霊界ですかね
お釈迦様も大霊界の使者というか行動する側の存在なんです
ユダヤ教のモーセ
イスラム教のムハマンド
キリストは神の子
金取り主義の浄土宗の檀家としては羨ましい限り
つーか、母方も浄土宗で旧家で墓石ごろごろしてて俺が相続人なんだが
墓仕舞いに600万かかるとか見積もり出されて放置すると決めたわ
離檀も金かかるしクソすぎ
浄土真宗は総本山で一括供養されるんだろ
まともすぎる
ジャップランドに馬鹿な墓石転がしまくった葬式ビジネスはもう終焉やろな
>>509 つまり全ての神が同一ってのが仏教の考え方なんだよね?
アッラーも釈迦もゴッドも全部同一人物という見解
この見解が違うのが宗教の違いってのが仏教の認識という事かな
>>513 元は一つなんです
別にお釈迦様がTOPなわけじゃないんです
>>514 というのが仏教界の見解でOKって事だね
それってどこに書いてあるの?
>>509 つまり霊も人物も人間では無い
人間でないものは人間について語る能力が劣るもの達のことである
要するに現世を娑婆というんです
娑婆とは試練の場であって苦しみを伴うんです
ここではいろんな苦しみがあってそれをクリアするまでは
何回も何万回も何億回も何兆回も六道を輪廻して生死を
繰り返すんです
その試練には前世のカルマなど人それぞれあるんですが
当然宗教について乗り越えなきゃならない試練もあるでしょう
>>516 人間には霊がいます
大霊界の分霊と言って意志は同じなんですが
霊としては分かれているんです
人間は肉体がありますから
>>519 ありがと
今度から他宗教の人には
俺は全くそう思わないけど仏教徒はこう思ってるらしいって宣伝しておくね
>>522 ちなみに中村 元は仏教徒ではありません
あらゆる苦痛は他者と比べる事によって生まれる
その比べる欲を捨てろってのが釈迦の思想だろ
除夜の鐘なんてそれでしょ
仏教は人間が覚る(解脱)ためのノウハウを提供するだけで、その他のことにはあまり関心がない
>>523 霊界という人もいれば意志とか霊魂とか
お墓を霊園って言いますよね
それは仏教でもキリスト教でもいうでしょ
>>520 人間には霊があったとしてもそれはあるだけである
何故ならば仮に例があったとして霊をコントロールできる術を持ってないのだから
コントロール出来ないものは存在価値がない
存在価値の無いものは存在しても意味が無い
人にとって意味ある霊を持ってこい
>>524 え?
じゃあ今までしてきた話って
何の根拠もない単なる「とある考え」ってだけの代物なのかよw
なんだそれw
やっぱり宗教ってゴミだなw
>>529 瞑想がその手段ですし
感謝の気持ちや信心も霊との通信といううか
ネット用語でいうならリンクですね
>>531 それは天気予報と変わらない
霊をコントロール術を持ってこいと言ってる
>>530 中村 元は思想歴史学というか世界の哲学に詳しい方です
亡くなった人が気になって仏法修行が捗らないなら、何らかの功徳を積んで供養の気持ちを振り向けて差し上げればいいんじゃない
>>533 霊と人間の精神は
霊から精神に対して語りかけるが 逆はない
>>536 では人にとってはなんの意味もない
人とは人がコントロールできる範囲を広げることために発展してきた生き物であるのだから
>>534 哲学が詳しいとかどうでも良いよw
そいつの考えた妄想話って事でしょw
なんだよせめて教義で「全ての神は一つ!ほかの宗教が崇めてる奴らも実は同じ」って載ってる話してよw
全然宗教と関係ないじゃんw
>>538 ない。人の未来とは過去の蓄積からの確率的な結果でしかない
>>539 ではさようなら
>>540 そうですか
「いはゆる諸仏とは、釈迦牟尼仏なり。釈迦牟尼仏、これ即心是仏なり。過去、現在、未来の諸仏ともにほとけとなるときは、かならず釈迦牟尼仏となるなり。」
自分では学ばないで
なんでも人から教えてもらおうとするのはいいが
なぜか上から目線で相手をバカにする態度をとる
>>542 結局
>>445に筋違いの反論をしてきたって事ですな
やっぱり仏教含め宗教はみんな
死をネタにして商売しているだけだなw
仏教は自分で学ばなければなにも役に立ちません
経典を読んでその裏側を推察できる人だけが
真理を見ることができるんです
>>544 受け入れろ
ひとの言葉はコントロール出来ないが自分の心はコントロールできる範囲だろ
5ちゃんで3行以下で語り合うにはあまりに難解なテーマだわな
>>546 こう言っては何ですがまず自分で少しは学んでください
基礎を知らない人に教えることはできません
>>548 こう言っては何ですがまず自分で少しは学んでください
基礎を知らない人に教えることはできません
>>551 人のことはコントロール出来ない
その状況を受け入れろ
>>552 人は因縁によってコントロールされているんです
昔の2ちゃんねるなら
知識人がまともな長文で書きこんできたけど
もうだめだな
5ちゃん
>>512 個人の墓を持ってもいいし、持たなくてもいい
本山に納骨してもいいし、しなくてもいい
浄土真宗はそのへんはまったく自由
ほな一度悪事をやらかしたやつは救われへんのかっちゅう話や
未だに死刑続けとる土人には難しすぎるかもしれんがな
死刑に賛成したりクソスレ立てたりする邪悪な土人でも心入れ替えたら救われるってことやでありがたい設定やないか
>>553 コントロールできる範囲はコントロールする努力しろ。甘えんな
コントロール、支配ってのはまさに頭の中のものを実在として
そういう「合理性」とかで「世界」を全て説明できる!とらえられる!としてきたことだな
頭の中のもの、つまり意味を離れたものには全く用がないと切り捨ててきたのが西洋の近代、みたいな感じだったかな
>>549 3行以下ルールなんてあったっけ
存分に語っていいよ
>>551 何か勘違いしてない?
こちらが教えを請うているわけじゃなくて
あなたがこちらの言い分に「それは違う」と反論してきたんだよ?w
で、まともな反論なのか説得なのかができなかった結果
ほざいた言葉が
>>550という事だ
自分の身の程をもう少し理解したほうが良いと思います
須弥山を守る四天王が全員軒並み元DQNだって知ったときどう思った?
>>512 そんなの宗教でもなんでもないからやめてしまったらいいのに
仏教って面白くて
こうやって苦痛から逃れろ
欲を消せみたいな
あんまり死生観が無い宗教と思うんで面白いと思いました
>>561 天界にそういう神がいますよ
帝釈天が阿修羅の娘を強姦して
起こった阿修羅が何度も帝釈天に戦いを挑みましたが
負け続けて天界から放り出された
修羅界はそうやってできたと聞きました
>>562 それは今までの人生の結果。
意味が分かないということは過去の蓄積の結果
5年後に意味がわかるようになるため今から意味が分かる努力をすべきである
これが人ができることの全てである
>>563 はいさようなら
あなたも早く呪縛が解けると良いですね
>>559 清沢満之は多くの人に影響を与えたが、正岡子規、夏目漱石にも影響を与えた[。
清沢は結核で喀血した子規の病床六尺を読み、
次の手紙を送った。次の文章は正岡子規の後の病床六尺にでている。
「病床六尺」を読み次の数言を呈する。第一、かかる場合には、
天帝または如来とともにあることを信じて安んずべし。
第二、信ずることあたわずば、現在の進行に任ぜよ、痛みをして痛ましめよ、
大化のなすがままに任ぜよ。天地万物わが前に出没隠現するに任せよ。第三、
号泣せよ、煩悶せよ、困頓せよ、而して死に至らんのみ。
小生はかって瀕死の境にあり、右第二の工夫により精神の安静を得たり。
これ小生の宗教的救済なり。
三木清の親鸞論
一 人間性の自覚
親鸞の思想は深い体験によって滲透されている。これは彼のすべての著作について、
『正信偈』や『和讃』のごとき一種の韻文、また仮名で書かれたもろもろの散文のみでなく、
特に彼の主著『教行信証』についても言われ得ることである。
『教行信証』はまことに不思議な書である。
それはおもに経典や論釈の引用から成っている。
しかもこれらの章句があたかも親鸞自身の文章であるかのごとく響いてくるのである。
いわゆる自釈の文のみでなく、引用の文もまたそのまま彼の体験を語っている。
『教行信証』全篇の大部分を占めるこれらの引文は、
単に自己の教えの典拠を明らかにするために挙げられたのではなく、
むしろ自己の思想と体験とを表現するために借りてこられたのであるとすれば、
その引文の読み方、文字の加減などが原典の意味に拘泥することなく、
親鸞独自のものを示しているのは当然のことであろう。『教行信証』は思索と体験とが渾然として一体をなした稀有の書である。
それはその根柢に深く抒情を湛えた芸術作品でさえある。
実に親鸞のどの著述に接しても我々をまず打つものはその抒情の不思議な魅力であり、
そしてこれは彼の豊かな体験の深みから溢れ出たものにほかならない。
三木清の親鸞論
人間 愚禿の心
親鸞の思想の特色は、仏教を人間的にしたところにあるというようにしばしば考えられている。この見方は正しいであろう、
しかしその意味は十分に明確に規定されることを要するのである。
親鸞の文章を読んで深い感銘を受けることは、人間的な情味の極めて豊かなことである。
そこには人格的な体験が満ち溢れている。
経典や論釈からの引用の一々に至るまで、ことごとく自己の体験によって
裏打ちされているのである。親鸞はつねに生の現実の上に立ち、
体験を重んじた。そこには知的なものよりも情的なものが深く湛えられている。
彼の思想を人間的といい得るのは、これによるであろう。
生への接近、かかる現実性、肉体性とさえいい得るものが彼の思想の著しい特色をなしている。
しかしながら、このことから親鸞の宗教を単に「体験の宗教」と考えることは誤りである。
宗教を単に体験のことと考えることは、宗教を主観化してしまうことである。
宗教は単なる体験の問題ではなく、真理の問題である。〔欄外 Emil Brunner, Erlebnis, Erkenntnis und Glaube, 1923.〕
真理は単に人間的なもの、主観的なもの、心理的なものでなく、あくまでも客観的なもの、超越的なもの、論理的なものでなければならぬ。
もし宗教が単に体験に属するならば、それは単なる感情、
いな単なる感傷に属することになるであろう。かくして宗教は真に宗教的なものを失って、
単に美的なもの、文芸的なものと同じになる。
親鸞の教えがともすればかくのごとき方向に誤解され易いことに対して我々は厳に警戒しなければならない。
もとより親鸞の思想の特色が体験的であること、人間的であること、
現実的であることに存することは争われない。
そこに我々は彼の宗教における極めて深い「内面性」を見出すのである。
しかし内面性とは何であるか。超越的なものが内在的であり、
内在的なものが超越的であるところに、真の内面性は存するのである。
内面性とは空虚な主観性ではなく、かえって最も客観的な肉体的ともいい得る充実である。
>>2 別に?
皆悪人だからな
ていうか
自分が悪人だと認識することができる人こそが救われる
つづき
親鸞の文章には到るところ懺悔がある。同時にそこには到るところ讃歎がある。
懺悔と讃歎と、讃歎と懺悔と、つねに相応じている。自己の告白、懺悔は内面性のしるしである。
しかしながら単なる懺悔、讃歎の伴わない懺悔は真の懺悔ではない。
懺悔は讃歎に移り、讃歎は懺悔に移る、そこに宗教的内面性がある。
親鸞はすぐれて宗教的な人間であった。懺悔と讃歎とは宗教の両面の表現である。〔欄外 Augustinus〕
親鸞の文章からただ懺悔に属するもののみを取り出して、
彼の宗教の人間的であることを論ずる者は、彼の思想を単に美的なもの、
文芸的なものにしてしまうことであって、いまだ宗教的人間のいかなるものであるかを知らざるものといわねばならぬ。
親鸞における人間の問題はどこまでも宗教的人間の問題、
宗教的人間の存在の仕方の問題でなければならぬ。
懺悔は単なる反省から生ずるものではない。自己の反省から生ずるものは、
それが極めて真面目な道徳的反省であっても、後悔というものに過ぎず、
後悔と懺悔とは別のものである。〔欄外「後悔はそれぞれの行為、懺悔は全存在にかかわる。」〕
後悔はわれの立場においてなされるものであり、
後悔する者にはなおわれの力に対する信頼がある。
懺悔はかくのごときわれを去るところに成立する。われはわれを去って、
絶対的なものに任せきる。そこに発せられる言葉はもはやわれが発するのではない。
自己は語る者ではなくてむしろ聞く者である。聞き得るためには己れを空しくしなければならぬ。
かくして語られる言葉はまことを得る。およそ懺悔はまことの心の流露であるべきはずである。
しかるにまことの心になるということはいかに困難であるか。
自己を懺悔する言葉のうちにいかに容易に他に対してかえって自己を誇示する心が忍び込み、
またいかに容易に罪に対してかえって自己を甘やかす心が潜み入ることであるか。
>>561 天部神なんて
DQNどころか
メキシコの収監所におる狂犬みたいな輩ばっかりやんけwww
神目線からすると面白きこそ善、つまらなきは悪
だから悪に塗れて刺激溢れる人生は善で、平穏で従順で怠惰な人生のやつな悪なんだわ
悪を成さず正しい人であれる人間ってのはすごく恵まれた人間だからだろ
貧しい時代は特にそうだけど生きるために罪を犯さざるをえない人だっていっぱいいるだろう
>>586 恵まれた人は前世で努力している
恵まれてない人はその逆だとしたら
餓鬼みたいな貪りしか出来ないゴミクズに何人か会ったことあるけど
不思議と、体型も餓鬼みたいにチンチクリンで貧相な体型してるんだよな
すげえキモいんだわ
>>587 現世で返上するしかない
酷い人生の中でも
悪い事をせずに必死に生きるんだ
>>588 その人の霊性は顔かたちや体形に現れる
お釈迦様のお顔は32相で素晴らしく
お身体も80相で理想的な姿
>>589 不幸な宿命でも 良いことをすれば運命を変えることができる
交通事故でも重傷になる人もいれば軽傷で済む人もいるように
歎異抄をマスターしている俺に質問あるやつ解釈は諸説あるが答えるぞ質問よこせ
一神教の世界における
この世のすべてを司る全知全能の神がいるのなら、この世で善人として生きる人も悪人に落ちる人も生まれる前から決まっていて
したがって死後神の国に行ける者も地獄に落とされる者も最初から決まってるのでは?(救済予定説)みたいな議論に近い話だな
仏教は本来一神教ではないけれど
浄土系はほとんど全知全能の阿弥陀如来一神教みたいなもんだからそう言う議論の発生する余地があり
「慈悲深い神様(阿弥陀様)がそんな非情な差配をなさるわけがない」ってなことで
「(今生ではさておき)死後は悪人だろうが善人だろうが平等に極楽浄土に転生できるようになってるはず」ってことになる
何かキリスト教の方にもカルヴァンの予定説に反駁する立場でそんな宗派の人がいたような気がしたが
(「そのような無慈悲な神に従うくらいなら信仰を捨てたほうがマシだ」とまで言って)
誰の何ていう宗派だったかは忘れちまった
>>587 浄土真宗に前世の行いが現世に影響お及ぼすとかそんな教えはないからな
>>591 ただの縁起じゃないの?
いい事とか悪い事とかこっちが勝手に評価してるだけであって。一生ツイテナイ奴もいるだろ
>>590 護身法の通りやな
ガチな行者さんは確かに美形が多い
特に弁天行者は普通人離れした美しさやな
>>591 そうなるわな
過酷やけどな
>>595 俺は浄土真宗は知らないが
そもそも悪人でも成仏できるわけだからね
>>597 良いこととは慈悲のこころ
そして悪いことをしないってことかな
悪いことというのは十悪や執着や煩悩だね
>>590 一理あるよね
オーラというか
あと綺麗な人なのに
歯並びだけ矯正した方が、、、、みたいな勿体ない人は
もう少し功徳が必要なのかなとか思ってしまうw
最近の人はもう5行以上読めないみたいなので
梅原は難しいかな
>>598 俺これ好き
tp://up.mugitya.com/img/Lv.1_up179162.png
>>1 どんなに頑張っても、くそカルト宗教・公明党、25年ぶりに野党へ。おめでとう。
>>603 まあ実社会でそう思っても仕方ないけど
でもアイドルとか均整のとれた顔姿かたちを愛でるのはそういうところから来てるのかもね
>>590 ぼくは単純に運動不足と食べすぎって行動が体形に現れるだけだと思うなあ…
そんなバカが増殖した現代日本
南無阿弥陀仏のたった6文字で読解力が劣化して書物も読めない日本人を救う
時代にフィットしてるわな
>>404 法然じゃないかな、革命と呼ぶならその第一人者は
>>612 南無阿弥陀仏には中国のの四声みたいに抑揚の付け方で無限にバリエーションがあるんだがw
むしろ末法から戦国時代なんてヤンチャしてたやつしかいないじゃん
>>613 ここで言う「悪人」は必ずしも現世での法に触れるようなことをする者=犯罪者のみを指す言葉ではないが
火点け物盗り強姦人殺し等々、現世で救いようのない罪を犯す者も当然のように包括されてるぞ
日本人がだらしなくて「消去法で自民」やってしまうのは浄土真宗がだらしないからでは?という仮説を立てた
教科書をコピーしたら100点
文章をその通りに読めたら100点
みたいな教育してるからでは
やっと全レス読んだけど
このスレでは自称「現役の尼僧」が一等罪業じゃなかろうか
>>618 それが「他力本願」、この言葉の本来の意味
日本の歴史に与えた悪影響だと日蓮宗が群を抜いてるけど真宗もなかなかやべーよな
一向一揆もやべーけど20世紀に入っても大谷光瑞なんてのを輩出してる
いやこの悪人って、動物殺して食ってる奴らのことだぞ
つまり菜食主義者以外、お前ら全員ってこと
まず
>>339のようにひとりびとり「自分」に固有、具体の「悪」が突き付けられて
(殺し、盗みのような一般、抽象ではなくて)
そこから
>>311のような思いに駆られて
そしてもう
>>34しかないと
運動不足と食べ過ぎって
行を怠ってるのと
貪瞋痴の貪(むさぼり)そのものだよね
悔い改めた者が救われるっていう意味で
キリスト教なんかとも共通してるでしょ
良く知らんけど
肥え太った坊主共を根絶やしにせねばなるまいなってノッブが言うのも理解できる
只管打坐
専修念仏
とにかく無心に励めと
日々の仕事についても同じ構えでと
日々悔い改めつつと
そりゃ清い行いですわ
まあふつうは無理っぽいわけで
とはいえそういう気持ちになれる日もたまにある
そういう感じがいいのねとたまに確認できる日もある
知らねえよどーでもいいよと思う日もある
糞みたいなレスバばかりしとるな
な?宗教は糞だろ?
争いのタネばかり産みおる
>>2 鎌倉時代にも旧仏教会から同じこと言われて弾圧の根拠にされたんだよな
今更1000年近く前のこと蒸し返すとか
仏教のコアっぽい話を聞いたり本を読んだりすると
坊さんや寺社ってものも
信仰の対象ってよりは
仏教ってものを絶やさないための方便というか必要悪というか
がんばって伝えるための仕事「も」がんばってくれ
というものだなといつも思う
彼らも飯食わなきゃいけないわけだしね
ぶっちゃけウソ仕事だよなあ彼らの仕事の多くは
それに振り回されるのは避けた方がいい
いい本その他で知って実践するのがベストかなとは思う
>>626 (・ω・)「…。(…なに言ってだこいつ…?)」
(・ω・)「…。(…草木国土悉皆成仏…)」
家康のせいで仏教=死人のためのものってイメージがついてしまったのがよくなかった
親鸞聖人のおっしゃってることをざっくり言うと
ちがうかもしれんけど
悪いことしなきゃ生きていけないとはいえ
ちゃんと自覚しろよ
自覚できればみんな救われるよ
みたいなことかなと思うんだが
だとすると葬式詐欺に身をやつしている人々の中にも救われる人は多いだろうとは思う
阿呆共が悪人の定義確認せずに語り合っているのはこのスレですか
悪人正機説同時の悪人の定義調べ直してこい
宗教は健康食品と同じ
効く場合もありとても有用
他人の飲食を妨害したり
この食品だけ食えとか言い始めるとおかしくなる
多くの人が食ってるものはそんなにダメなものじゃないだろうなということは言える
阿弥陀さんとか極楽浄土って大それたもののようでいて
実は
>>154に当たらずといえども遠からずだし
更に、嫌儲仏教スレではかならずレスされるけど
釈迦の本来の言葉にこだわれば悟りは「自力」あるのみ
だから大乗、まして「他力」なんて仏教じゃないとなる
ところが
>>371のような理解がある
原理性、純粋性でなく、釈迦のポテンシャル、無意識に反応する
日本浄土教では空也、源信等の先達もいるけど
末法、末世に「自力(聖道)」では救われることのない「最下」の衆生をも
南無阿弥陀仏と念仏を称えれば洩らさず平等に救われるとした法然に
俺は最初の「革命」をみる
日蓮系の教えは仏教ではなく日蓮教で実質一神教に近い
仏典が膨大なのは
同じことでも飽きず隠さず何度も語るから
>>643 お前は何一つ理解できてないな
それぞれの宗教や思想が生まれた当時の概念と言葉の意味ぐらい確認してこい
そして例え話も下手クソ過ぎる
>>639 自覚すれば救われるってそんな簡単な事じゃ無いと思う
まず救いって何かの問題
対機説法
方便が究竟
いちいち否定するよりそれが機縁となってコアに到達できる可能性を与えている部分を重視すべきだろうということ
>>643 多くの人が食ってうまいうまいって言ってるのは危ないんだよ
分別智の範囲の可能性が高い
>>649 在家信者での信仰と出家した宗教家の修業での求道の違い理解しとらんやろ
機縁の意味をもう一回勉強しなおせ
大昔からあるポジショントークを今思ったみたいに言われましても
悪人こそ救いの働きの対象になるが、実は善人も救われるのは変わらんってのがポイントだな
「十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなはし
摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる」
もちろん親鸞も「革命」家…というか
親鸞の方が革命家のイメージで通ってると思われる
俺は法然から親鸞への飛躍に少し引っかかりがなくもない
>>139,289,392などに既にレスがあるが
真宗ではもはや南無阿弥陀仏と口にする必要がない
>>288のように「既に…救ってくださってる」
法然は、浄土教の先達、中国の善導に従い
称名念仏、言葉にしてなむあみだぶつと称える行為を最重要視する
基本は10回(十念)、もし出来なくても1回はかならず
お念仏の声は小さくてもいいですかと問われた法然は
小さくてもいいからとりあえず声に出しましょうと答えてる
法然から親鸞へ、論理的、理論的にはさまざま洗練が果たされてる
しかし、その洗練、飛躍にこそ、俺は少し引っかかる
親鸞さん晩年の浄土真宗の究極の境涯が「自然法爾」
これが釈迦の成道と等しいとされてるとか
自然が即法然(法爾)、この現れがそのままに法、ダルマそのもの
つまりは涅槃、阿弥陀如来そのものってことだな
>>654訂正…✕139→○
>>130 ちな念仏は「称える」で「唱える」のはお題目、つまり日蓮系
仏さんかみたら凡夫な基準で善人悪人ってもただの誤差みたいなもんだろ
>>654 必要もないってのは微妙なんだろうね。
歎異ショウに「念仏申さんとおもいたつこころの起こる時すなわち摂取不捨の利益に」とあるからこれは後の人間が揚げ足を取っただけだろう。声が出せない人は除かれてしまうしね
法然の信疑決判を見ても明らかだね
あと浄土宗は拝むは不必要
必要なのは念仏だけ
浄土/法華/禅の鎌倉新仏教に共通するのは
選択(他ではなくこれ…専修念仏/専修題目/只管打坐)、専修(ただこれだけ)、易行(誰でも平等に出来る)
>>656 念は元々「思う」ってことだけど…
それをウルトラCで称名念仏のイメージにしたのは善道
火の鳥の鳳凰編読めばそのへんの事が理解出来ると思う
法然は「かたちとして見える」ことにこだわったのではと思う
そしてそれはただひとつ念仏に於いて
それがもはや称える必要さえない、思うとき既に救われているとなり
見えるかたちから自由になったようでいて
しかし真宗は浄土宗よりマナー、ルール、荘厳の数や必要が多くなる
親鸞は六角堂で聖徳太子の夢見て、それから戒律破って女を抱くことにしたんだよねw
>>664 なんで聖徳太子煽ってヘラヘラしてんの?
なんか恨みでもあるの?
>>665 別に煽っとらんw 事実を指摘しとるだけだがw
>>371 なるほど仏教の教えを追求すると女叩きするようになるのか
信長でも倒せなかった精鋭ぞろいが浄土真宗
かっこいい、そこにしびれる 憧れる
もうひとつ…
>>304の明恵の「摧邪輪(さいじゃりん)」は
法然の「選択本願念仏集」への苛烈な批判
俺が邪説を粉砕(摧邪)してやる、と
(ちな「選択」はせんちゃく/せんじゃく[真宗]と読む)
何がそんなにムカついたかというと
法然は「菩提心」、悟りたいと思う心さえ必須ではないと
菩提心はなくても構わない、とにかく念仏だと
つまり念仏(のみ)が「選択」され、菩提心は捨てられたわけだ
明恵にはそれが絶対に赦せない
選択集は浄土宗の根本聖典にして、真宗でも聖典扱い
法然はもちろん、選択集を擁護する親鸞もやはりさすがだとここで俺は思うが
そうでないモメンも当然いるでしょう
>>671 憧れちゃあかんと思うよ
>>438が強く批判してるとおりで本来不殺生、非暴力であるべきでしょう
真宗の寺生まれの学者、佐々木閑(しずか)は
そこが日本仏教のいちざんダメなところで
ではなぜダメなのにそうなってしまったかというとこれも
>>371に関連するが
日本には経ばかり入ってきて本来セットであるはずの律までは入ってこなかったからだと
アリストテレス知らんとわからんかもな
でも大学の教養で絶対やるよね
つまるところ、ここの連中の教養のなさ、無学さが出たな
墓を引っ越すわけだが墓じまいにも浄土真宗は坊さん不要と言われた
お供え物もいらないし、葬式は短いし
ステマと思われたくないけど浄土真宗ほど素敵な宗教はない
ここのクズどもはDQNを引き合いに出して自分は善人かのように思ってるが
完全な間違いよな
一番救いようのないクズ
自分のダメなところを絶対に認めない
誤字出てきたしそろそろ落ちる
訂正必要なのは
>>672は「ざいじゃりん」
ちな明恵はアキエじゃなくみょうえ
あの極悪人に清浄なんて戒名に入れて浄土宗もまあとんちきだわ
(ちな浄土宗も真宗も「法名」で特に真宗はこれ以外は✕、浄土宗は戒名でも許容)
浄土宗は真宗に較べて権力に弱いというのは常々言われてること
ただし真宗が反差別の一方で
>>425なのもまた真実
近代になってもカネ遣い荒くて破産するかしないかだったり
事実を指摘したら煽られたように感じるって、それは煽られたように感じる方に問題があるよねw
最後に…自称「現役の尼僧」は
まず自分のレスを省み改めるところから始めないと
悟るどころか畜生、餓鬼…その先は言う必要ないですよね
自分で考えてみてください
早く終わらねえかな
終わるの待ちなんだよなただただ
そりゃまぁ「今からでも救われる方法はある」って言わんと
やけくそになってさらに悪行重ねてまともな奴が損するからな
人間視点の悪人じゃなくて仏視点での悪人だから意味が違うぞ?
仏視点では悟りを開いてない凡夫である俺らは皆悪人や
実質キリスト教やから日本ではキリスト教流行らんかった
>>670 人に馴れ過ぎる前に追い払ってやったまでよ
天や神や仏や政府が許そうが俺だけは許さない
それでいいじゃない
>>1 それで調べたと言ってる奴も同調してる奴も知能が低い
>>1 その前に オマエ自身を全世界は注視してきた
そして偉そうに御託並べてる奴も良く見たら他の宗派や他人を攻撃したり馬鹿にしたり侮蔑したりしてるだけだという悲しいお知らせ
このスレ見ると浄土真宗を擁護する側のレスも罵倒や感情的な返答ばかりで何かしらの根拠に基づく反論らしきものはほぼ無い様だ
つまりそれはバカにされるなり攻撃される根拠がある可能性が高いということだ
お互いが正しい自信がある様だしどうせなら攻撃する宗派とされる宗派で公開討論すればいいのに
感情的に言い合ってても第三者から見れば根拠を示さないとどちらも同じ様にしか思えないよ
子どもじゃないんだからさ
浄土真宗には初七日も四十九日も喪中も無い
即極楽浄土行きや
寺は希望されればやるけど
プロテスタントはこれの真似じゃないのか
真意は定かではないがルターが16世紀初頭、日本に観光旅行に来た際
この教え キリスト教でもいけるんじゃね、と持ち帰ったという話を聞いたことがある
>>156 というかキリスト教がシルクロード通ってきたもんをパクってるだけでしょ
浄土真宗という鎌倉時代からの世襲貴族が君臨する
仏教腐敗の総本山
自民党の世襲政治家も真っ青
僧侶の世襲というおぞましい形態を生んだ穢れた糞宗派
浄土教は一遍上人の境地が究極形
口から出まかせの念仏だけで
自動的に成仏してしまうという
阿弥陀如来への信仰さえいらない
救済宗教の最終形態
善人悪人というのは仏になるための修行にまつわることで、社会的な倫理道徳の善悪とイコールではない
重なる部分もあるけど、一致しない部分もある
キリスト教は社会的な倫理の善悪とほぼ一致している
というか日本社会が見えない形でどんどんキリスト教化しているのでキリスト教の善悪が社会的な善悪とイコールになっているように感じるのだろうか
例えばだ
オレはお前らよりずっと賢くて
ずっとイケメンでずっと健康で
ずっと喧嘩が強くてずっと金持ちだけど
でもやっぱり「ままならない」んだよね
だから、オレは多分正しくない
この「ままならなさ」は
この世の真理に縋るしかない
それが他力本願の意味だと思う
>>689 キリスト教は最後の審判があるやん
キリスト教は輪廻思想もない
悪人正機は輪廻思想とセットなんだよ
罪は来世で償って何度でもやり直せるっていう
悪人は悪事働くことで世の中回してるから必要な存在
何もせず社会の不良債権と化してるニートの方が害悪って考え方してる人実際結構いるからな
>>710 (「南無阿弥陀仏」を唱えて阿弥陀に帰依さえすれば)
どんな人間でも(死後は)苦しみに満ちた六道輪廻から解脱して極楽浄土に往生できる
という教義だから「浄土(真)宗」って言うんだが
知ったような顔で適当なこと言うヤツが多すぎるな
真宗はキリスト教と似てるのレスも多いけど
大前提の基本としてキリスト教(やユダヤ、イスラム)は神ありき
神が人を作った、神の意思は人には計り知れない、
そして言うまでもなく人は神になど絶対になれない
対して仏教は釈迦はもちろん、弥勒も阿弥陀も元は人だから
菩薩も如来も神でなく人、悟りつつある人、悟った人で、もはや人を超えていると
この違いは例えば契約と戒律の違い
神相手の前者に対して後者は個々悟るための方法論
ただし阿弥陀による救済のイメージが一神教と似ているのも確かだが
先にアンカしたとおり阿弥陀と浄土の方は
>>154のようなもの
他力本願ながら実は最後には自力の余地が残されている
本来の最終目標は阿弥陀に救われて極楽浄土に往生することじゃない
その先、ひとりびとりが悟って仏になること
仏になったらひとりがひとつの仏国土を持つ
阿弥陀も元は法蔵菩薩で四十八の願いを立ててそれが叶い衆生を救えないうちは
悟ったことにならない、仏になったことにならない、と誓って
それが叶ってみずから仏になり仏国土を持ったと
だからもし悟ったらその時は自分が主の仏国土を持つことになって
そこはもはや極楽浄土ではなく、だから阿弥陀さんももういないんだよ
>>704 だから流行らないんだよ
人間はなんかしたい生き物だから
だから悪人正機説を
>>716に繋げて考えれば
悪人たる凡夫も仏になれるし(往相回向)、悪人たる凡夫も人を救える(還相回向)
回向(えこう)は自分の積んだ善を他人のために振り向けることが出来るということ
大乗、浄土教はこうして
回向が娑婆の現世と衆生を変えていくストーリーとなる
浄土信仰も…というかいっぱいレスあるとおり、
宗教なんてバカらしいと言えばバカらしいんだよ
カネや資本主義がバカらしいように
あいつらバカだからで済めば話はもっとラクになるはずなのだが
(実際このスレでもそう済ませて終わりの奴の多いこと多いこと)
そのバカらしいことがしかし世界を現実に変えちゃってて
更にそこに否応なく自分も巻き込まれてる
話をそこで終えるかそこから始めるかの違いじゃないかな
もしこのスレが向後の役に立つとすれば…16時ちょうどをお知らせします
>>719 念仏の功徳が他人にもおよぶって
平安期の空也や良忍の
融通念仏やんけ
>>717 鎌倉時代に一遍上人は日本最大のスーパースターになったんだが
念仏が日本全国に広まった最大の主因は
一遍上人のアツいダンス全国ツアー
死ぬって事はそうした悪事をもうやらずに済むと言う『救済』って考えだからだろ
要するに死んだらおしまいよって考え
>>1 邪教というか真理
今も昔も宗教というのは道に迷った人間にこそ必要なもので、道を踏み外した犯罪者みたいな層がもっとも救わないといけない
仏教の徳をつむという事は煩悩を制限される事であり、今でいう社会抗生プログラムになってる
罪障功徳の体という仏教の原理を学べば全て分るよ
>>719 まさに往還回向由他力やね
こちらの信心が開くのもまずは阿弥陀さんの積んだ功徳によるというわけや
という体でおねがいします。
「痛いの痛いの飛んでけー」
「猪木のビンタ」
それが宗教
あとはどれだけ気合いれてやるか
ビンタする方が猪木になる修行をしてビンタされる方が猪木を信じることが大事
そうすればリアルに救われるそれが現実
>>729 過去レスからしてきみが仏教や宗教学に詳しいということを踏まえた上で以下書くけれど
そのレスこそきみは近現代的な宗教は真面目に(ベタに)信じているんだなと思うんよ
もちろん猪木教じたいのことではない
そういうレスをするアイロニー(メタ)、その効果(功徳)は疑わないという信仰
アイロニーは前近代的な価値観からの自由を現すか…とんでもない
対象のメタを取ることにベタにいそしむお勤め(勤行)が課された信仰
>>712は「畢竟依を帰命せよ」(ひっきょうえをきみょうせよ)、
究極の拠り所を信じて生きなさい、ということだけど
前近代までは自分の「畢竟依」を世に示すことに何の衒いも恥じらいもなかったけれど
近代以降「畢竟依」を堂々と現すことは野暮な振る舞いとなった
「あえてやってるんだよ」「な〜んちゃって」とひと捻り入れるのが粋(いき)なんだ、と
汗の流れる場所が額から背中に変わったといえことが
なぜ自分は自由で知的だと思うことになるのか
この論理を踏み越えないと
>>720に書いたのはそういうこと
宗教批判は話の終わりじゃなくて始まり…俺たち自身をめぐる話の
>>731 とりあえず究極の拠り所と共に迷わず行けよ!行けばわかるさ!の境地なんかな🤔
アントニオ猪木かな
>>733 ひろゆきとか成田悠輔、古市憲寿を考えると簡単だよ
成田の「高齢者は集団自決」なんてまさに良い例
成田も成田のファンもあれはただの比喩、なにマジに受け取ってんの、とやる
しかし成田も成田のファンもこれからも同じような振る舞いをやめられない
素朴な人間性から自由な立場で物を言ったようで実は素朴な人間より強く囚われてる
>>735 猪木のファンもほんとは誰ひとりビンタに対してマジじゃないでしょ
そしてマジじゃないということを証すためにマジになるでしょ
阿弥陀や浄土の内容は抜いても形式は借りたまま
メタは阿弥陀なきいま自分が貰いますよと
素朴な人間性、つまり「凡夫」
成田やひろゆきを見ればまさに悪人正機説が現代でも有効なことが分かるでしょ
嫌儲なんてまさにそれを知ることができる格好の場
なむーふかーしぎーこー
ほーぞーぼーざーいんにんじー
自信が大事だな
自信があった方がいい
はマジでベタで信じてますよ旦那
猪木のファン
「…でもなんか嬉しい」
ってレベルでみんな何かを得るでしょ
方便の話も出てるのでそこに繋げてみよう
まずこれはキリスト教でも「たとえ話」でイエスみずから言ってるとおり
--
弟子たちはイエスに近寄って、
「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話しになるのですか」と言った。
イエスはお答えになった。
「あなたがたには天の国の秘義を知ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである。
持っている人はさらに与えられて豊かになるが、
持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。
だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。
見ても見ず、聞いても聞かず、悟りもしないからである。
(マタイ13:10-13)
>>737 なるほど🤔
阿弥陀を信じてないのに阿弥陀を信じてるフリするために必死に念仏を唱える。そんで阿弥陀に対してマジになってるということとすり替えるって感じやね
阿弥陀を信じることと阿弥陀を信じる自分を信じることの違いやね
>>746 これね…本来なら、特に真宗や浄土宗の立場なら
即座に違うと言うべきなんだけど
実際に違うんだけどそう単純でもないと俺は思う
というのも俺は過去レスで法然の実際に口に出す「見えるかたち」の念仏の話と
(啞はどうするみたいな揚げ足はやめてね…木魚でも何でもいいんだから)
そこにそこでは菩提心(悟りたいと思う心)さえ必要ではないという話をして
つまりそのとき
ひとまずは阿弥陀を信じてないということさえ赦されると俺は言ってもいいと思う
かたちだけ真似るだけでもね
ただしきみが分かってない(つまり近現代的信仰にはどっぷりハマってる)のは
そうやってすぐ「フリ」だの「自分を信じる」だのを話の〆に持っていこうとするところ
俺はさっきからそれは近現代を考える話の始まりだって言ってるのに
>>745 あの人たちというのが誰か知りませんがキリスト教はストレートに言いますね
仏教の経典も方便で書かれています
推測すればお釈迦様が悟りを言わないのは修行者が悟ることに意味があるからだ
という結論になります
その工程が学習になるということでしょうか
多分キリスト教も同じなのでは
親鸞は聖徳太子の夢告で童貞を捨てたけど、晩年にも聖徳太子を讃える和讃をいくつか書いてるよねw
>>747 「阿弥陀を信じる」なんてのもただの手段であって本来の目的では無いんやし、手段に本気になる奴がいたとしてもそれは本来の目的のために役に立つのだからよいって感じやろかね🤔
なんか手段を極めるだけで目的なんてどーでもええって人ばっかになりそうやね
本来、型のないものである生物の生き方に対して仮初でも形を与えてくれる「阿弥陀を拝むこと」という行為は、それが人の生きる道を知ること(そんなもんないけど)を教えてくれる手段としては有効である、
そう思うんよね😌
>>755 いや、就職先とか斡旋して収入得させて独立すればええだけやろ🤔
このメガネはバカかなんかか?
>>746 それはちゃうやろ
猪木の一般人へのビンタの一発目か二発目、まあ初期のやつを食らいたがった奴はガチのマジにそのビンタの功徳を信じてたやろ
それを見た大衆は猪木のビンタじゃなくそのガチマジ君を信じた
一遍上人もその宗旨なんかは聞き流して一遍上人のガチマジファックさをこそ大衆は信じた
親鸞つながりで吉本隆明なんかも話してる内容じゃなくてあれはガチマジ風のパフォーマンスで信者を誑かしてた
今も昔も一般大衆の信心なんて程度もやり方も大して変わってない
>>757 ふーむ🤔
猪木、ガチマジくん、それを見る観客
世の中とは関係性でできてるってことがわかる話やね
そういえば吉本隆明も「最後の親鸞」って批評書いてたよねw
親鸞はほんとに独創的な思想家だけど、彼を支えたのは偉大なる天才聖德太子への信仰であったよねw
>>755 キサーゴータミーちゃんかよ
お釈迦様なら口八丁で一発昇天だったろうに
知らないけど阿弥陀様の浄土に六道がないなら
そこから出ることはできないの?
浄土真宗が成立したガチ中世ジャップランドがどんな世界だったか知らんのか?
鎌倉仏教だからな
天変地異が起きて幕府も法華経から天台教を取り入れて
朝は朝晩でいろんなお経をあげてたわけですよね
しかし阿弥陀様の浄土は六道で更生できない人を集めて再教育して
もう一度六道に送るような感じに見えるな
ここに詳しく書いてある
tps://www.junshinji.org/osyakasamamonogatari.html#1
阿弥陀様のほうがスケールが大きいのかな
例えば他宗、真言宗の即身成仏は輪廻するのだろうか?という問いも考えてみたい
いわんや悪人をやだっけ
正義ではなく気持ちよさを優先してしまう堕落した人を養分として利用する今のビジウヨに通じるものがあるね
中世なんて悪いことしないと生き延びていけない人がたくさんいた
そのために作られたのがこの宗教
現代の価値観で図るな
南無阿弥陀仏となえ続けると悩みが薄れるとか
今なら認知行動療法だね
でも今はその阿弥陀如来さえ「心の中に仏がいればいい」という解釈だからな
極楽も心の中にあればいいという解釈
大乗仏教の地獄というのも、どこか神秘的な部分があってもいいじゃないかという民衆の気持ちに答えて作られたものらしいしな
だから悪人正機も解釈次第でしょう。阿弥陀如来が出てくる限りは悪人正機も現代の解釈で考えた方が良いと思うがね
でも日本人は強くあの世を信じてるよねえ
色んな伝統やら宗教やらミックスして子供の頃から洗脳を受け続ける
>>701 仏教って紀元前6世紀頃に出来てるんやで
>>205 なるほどなあ
日本が無宗教(薄宗教)でもモラルが高い理由はここにあるんかもな
>>771 信心、感謝の心は仏さまに通じるようです。
>>770 今の世も同じですよ
阿弥陀様は悪人も浄土に行けますがお釈迦様は六道を輪廻して
煩悩をなくした人が浄土に行けます
よって阿弥陀様は悪人をどうやって浄化するのか
または浄土から出さないで隔離するのか
>>772 地獄というのは自分で作り出すんです
二日酔いしたら反省するでしょ
>>773 自分が理解できないものはないと考える
これが知識を狭くしてる
>>42 チャクラベーダからカルマベータへ破僧の定義が代わり玉石混交の多様な仏教ができました。
お釈迦さまの教えから逸脱しても仏教でござい、酒飲み〜の女抱き〜のだいじょぶだぁ〜?
>>776 一般の浄土教では極楽往生してから極楽で修行すると考えているでしょう
阿弥陀経にもそうかいてありますね
>>779 そうなんですか ありがとうございました
>>772 他方世界が説かれなくなってしまったのでね
他方世界は科学と矛盾するわけでもないのだが
ほとんど迷信みたいな扱いかもしれない
お釈迦様の場合は生身の人間で修行するのに対して
阿弥陀様の場合は霊魂になってから修行するのか
極楽はゆったりのんびりする場ではなく、人界よりもさらに仏道修行に専念できる場所とされています
ただし浄土真宗ではそれよりも阿弥陀様によって衆生に回向された功徳を強調しています
仏教には信解脱という考え方もありますので、必ずしもそれが仏教から外れた外道というわけではないのです
仏教瞑想には、慈しみの心を起こし広げるというものがあります
これはとても効果があり功徳と大きいものです
しかしながら、荒れすさんだ心では慈しみどころかただ心を静めることでさえも容易ではありません
そこである指導者はお釈迦様の慈しみを心に覚えなさいと言います
ということはやり方は違うけども
最終的には霊を浄化するのが宇宙の法則なんですね
何かの本で読んだんですが
お釈迦様が六道に降りられて救済するということを知った阿弥陀様は
「あの手に負えない者たちを救うなんて大変な(物好)ことだ」と
いうような話をされたのを覚えてます
>>660 元々念仏って如来・応供・正等覚者・明行足・善逝……って十号を称えることだったから間違ってない
大乗仏教になって仏の姿を思い浮かべるとかいう修行に変質しただけ
>>38 天台宗で修行してた官僧がいうのと庶民がいうのでは違うんでは?
出家しといて修行は極楽浄土でやるんか?
妻帯許されたり、酒呑んだりと悟る気あるのか🤔
親鸞展に行って思ったんだが
花祭のとき使ってた赤ちゃんの時のお釈迦様の像と教えられた像は実は聖徳太子の太子像なんじゃないのってことだな
>>1 キリスト教の人間原罪説と同じような概念
犯罪者肯定とかアホなこと言うなよw
まあこのスレでも一向宗はエタニヒンの教義と書いてるヤツおるからなあ
日本人の理解ってのはその程度なんだよ
日本には差別がない奴隷がいないと愛国ホルホルしてるヤツもこの手のタブーや引け目があるネタは知性があれば触らない
アウトオブカーストは宗教さえなく存在自体をないことにされ本当の差別をされてきたとわかるから
>>207 だから日本人はアメリカ的なものに好感を持ってる
お釈迦様に「極楽浄土って本当にあるんですか」と聞いたら
お釈迦様は黙ってお答えにならない
>>793 それは違う
アメリカが 悪いのは日本軍で日本国民を救ったのがアメリカだという
洗脳されてる 当然原爆も正当化されてる
明治維新で日本人は西洋文化の真似をすることが進歩だと思った
しかしそれは一部の上流階級だけだった ところが大正昭和になるとそれが文学や
庶民の生活にまで浸透してきた そして決定的だったのが敗戦である
敗戦前まであった日本の祝日について宗教に当たる祝日は消えた
こんなのは世界中でも日本だけである
理由はGHQ(進駐軍)が日本の宗教を恐れたからである
宗教をもとに日本人が集結するのを恐れた
(ちなみにドイツの祝日の2/3は宗教的祝日である)
さて西洋文化も浸透し日本の宗教も取り上げられた日本人はどうなったのかというと
守銭奴になった 金があるかどうかが人間の幸せの基準になっていったのである
日本人はアメリカ軍が上陸した時点で(虚脱はしていたが)既にアメリカを嫌ってはいなかった
官軍に挑んだ彰義隊のようなものはまったくなかった
洗脳だけではこうはならない
西洋では宗教の自由とは信条・信念・標榜(主義主張などを掲げて公然と示すこと)の自由を言う
よってフランスでは年金の支払い繰り延べ問題でデモが暴動化しているけど
しかし自由の国なんだね信念と標榜(主義主張などを掲げて公然と示すこと)が許されてる
一方日本では敗戦後に宗教の自由といったときにそれは天皇(神道)からの自由であった
だから日本の宗教はゆがんでしまった
日本人は日本人や日本の宗教や文化をこき下ろし
西洋文明を取り入れることで日本人が日本人を差別してきたし
今もそれが続いている
迷信は世界的にいずれ清算しなくてはいけない
日本はいい機会に恵まれたと思う
金がすべての基準だとは思わないが
日本のエンターテインメント(や基礎学力というか基礎的な知性)の質の高さは従来の宗教的迷信の縛りが弱いことが幸いしている
質の高さというのは底上げされているというか平均値が高いというか
他国で頂点が高いものはたくさんあるだろうが
平均値が世界一高いのは日本ではないかとマジで思う
宗教という礎を失った日本はホリエモンとか金があるやつが偉いということになった
小泉竹中の郵政民営化に始まり企業は株主の利益を追い求めその後30年の経済低迷を
作ってしまった
日本には宗教がないからである
外国人が日本人に「あなたは何の宗教ですか」と聞けば
日本人は胸を張って「無宗教です」と答える
仏教もキリスト教も迷信は否定してたはず
占いなんて禁止だし幽霊も死生観的にありえない
人間の知性が不完全である以上
何かを言い切ると多くは迷信みたいになる
個々人の迷信は不可避だしそれは普通のことだが
集団的に一つの迷信で結集するようなことはもうあってはならない
あたらしい集団的迷信なんて有害無益
科学が人間を新しい迷信やアホな権威主義的政治体制から守ってくれる
科学的素養の薄い国々では21世紀になってもおなじみの無根拠な権威主義的体制が幅をきかせてる
「ちょっとおかしくない?」が言えない国々
マルクスレーニン教の元信者の国が特にひどい
宗教は今や害悪である面が強い
リアルに科学的な審査に耐えられるノーベル賞的な発見をするならどうぞぜひ
>>50 親鸞は自分の書いた本には一回もその言葉いってなくて
法然上人の伝記に書かれた口伝にはそれがある
覚如と蓮如がそれをパクって口伝鈔と歎異抄を作った
歎異抄の唯円撰は極めて疑わしい
日本仏教は明治以降中途半端に浄土真宗化したともいえる
妻帯世襲、飲酒、肉食しない僧侶はまれにしかいないのだろう
まさか日本の大乗仏教だけ妻帯やら飲酒やら異常なんか?👨🦲
>>807 佐々木閑が言う事には日本だけらしいな
出家とは戒律を守る事とセットで基本セックスもオナニーも禁止だそうでそれは中国韓国もちゃんとやってるそうだ
>>808 韓国の二番目の宗派の太古宗は日本の影響で妻帯して密教もやってるぞ
>>810 やっぱそんなもんか
教えてくれて有難う
世の中鵜呑みに出来ない事ばっかでつれえわ
阿満利麿「法然入門」(ちくま新書、2011年…震災後の5月に跋)さきほど読了
入門書としてはやや書き手の個が強いが(阿満は元NHKの制作職)お薦めする
5点満点で★★★★
で、この本にもあるが、
>>804のとおり悪人正機説は親鸞が始めたわけではなく法然がすでに言っている
そしてこの本は法然の実際の言(の伝)を引用しつつ
親鸞との比較を繊細に分析してる
例えば法然には「悪人なをむまる(生まる)、いかにいはんや善人をや」と
逆の表現もあるがどうしてか、など
なので繰り返すけど本書お薦め
俺も今後阿満の他の法然本、親鸞本も追って読みたい
方便の
>>745のつづきや猪木教的アイロニーの近現代のつづきなどはまた「縁」があれば
話を大きくしすぎてまとめづらくなっちゃった
これだけは書いておきたい…あたりまえだけど阿弥陀さまなんていない
俺は浄土(真)宗信者ではなく他の宗派、宗教の信者でもない
そしてすかさず付け加えるが
「あえて」のアイロニーでこのスレにレスしてきたのでもない
法然や親鸞や信者の情熱はまったく疑わない
俺も阿弥陀を希求するとさえ言ってもいい
4時、おやすみなさい…なむあみだぶつ(´―ω人`)
(真宗の西本願寺派は「なもあみだぶつ」)
オマエラ、ほんと宗教が好きだよな
そりゃキモいカルト流行るわな
追記…いま柄谷行人の最新著「力と交換様式」の
その原本(未読)ではなく自己解説の文章から読んでるのだが(文春新書)
柄谷やその方面にも詳しいひと
これ阿弥陀や浄土と結び付くかな
柄谷の「D」って、平等で、そして他力でってことでしょう
もし「D」だとして、ではなぜ法然は「D」を感じ取ったのか
柄谷自身が「D」は「衝迫(ドライブ)」で「観念的・宗教的な力」だと言っている
(ただしA:贈与-返礼(互酬)の原始共同体/B:服従・保護の国家/C:商品交換の資本も「宗教的なのです」と柄谷)
「だから、『D』は必ず来るけれども、それはこちらがつくるのではなく向こうから来る、と言うほかないんですね。…『力と交換様式』という本もそういう結論になりました。」
ただし、このくだりの少し前では、
「(Dを)神(仏もだろう)と言い換えると、違うところへ行ってしまう。…神と呼ばれるものがDであるとは決まっていない。」
とも
仏教はバラモン教の一派
輪廻転生がデフォの宗教なのに六道の内の一道である天国にしかいけない魔改造
そりゃ菊と刀を書いたアメリカ人のルースベネディクトにボロクソに言われますよ
大乗仏教興したやつがゴミカスだからなぁ
レイプ魔でレイプ仲間3人が殺された辺りで
「欲に任せたら不幸になる! もし逃げ切れたらお坊さんになるんや!」と決心
そんなゴミカス仏教は坊主が女にかまけて修行しないってことで後から「女は穢れた存在!」って決めたからな
いやいや、ゴミは男やん
>>820 上座部仏教もかなりゴミカスだぞ
上座部仏教国のタイで殺人やレイプ犯した奴は坊主になれば逮捕されないからな
坊主は修行をするだけの言わば世捨て人。世捨て人は逮捕してはならない
ってのが憲法に記載されてるから逮捕したくても逮捕されない
唯一、仏教信者からカネを盗んだというネンカムという奴だけしか逮捕されてない
親鸞について知りたければぜひ教行信証をはじめとした自著に目を通すことをオヌヌメする
歎異抄はあくまで他人の聞き取り口伝なんで、あれですべて解ろうとするのはよくない
浄土真宗をなぜ一向宗と呼ぶのか?
親鸞の子孫は天台宗系列のいち弱小寺院の住職に過ぎなかった
鎌倉時代後半から室町時代にかけ全国で莫大な信徒を獲得したのは
全国に踊り念仏で布教した一遍上人の時宗であり
北陸では同じ念仏系の一向上人の一向宗だった
親鸞の子孫に蓮如が登場し
同じ念仏を唱える時宗教団や一向宗教団を次々に乗っ取り
浄土真宗教団を作りあげた
まるで朝鮮人が日本企業や社会を乗っ取ったように
浄土真宗は蓮如が作り上げた
日蓮正宗と浄土真宗は世襲だからな
真宗高田派は逃げまわってた大谷一族を匿ったら、大谷がいきなり乗っ取り工作を始めてきて追放したからな
大谷一族は頭おかしい
悟りとかいう判断力を鈍らせた実質薬漬けの中で藁を探して掴むような行為ばかりなんだよな
お香吸ってそんなのばっかやってるのを見てアホらしいと思った
人間が集団でやることにはアホらしいことが多いですね
言葉というものじたい集団的に生まれてくるもの
アホらしさを承知の上で次にどこへ行きたいかというところへ注目し続けるしかないのでは
基盤を壊しても自殺になるだけ
>>826 この浄土真宗本願寺派の事務トップの石上総長の寺も世襲なんだよね
同じ名字だから絶対に世襲
石上一族が住職してる寺複数ある
子供の頃化名古屋市に住んてると分かる
真宗大谷派の寺が名古屋似めっちゃ多くあるけど、ほぼ全部が世襲
大谷派の寺の子供は寺を継ぐのが当然なので寺の住居部分がガチで大きくて綺麗
住職が住みやすい寺なのが近年の大谷派の寺の様式
>830 いや日蓮正宗(創価とか出した日蓮宗系でも端っこの流派ね)ね 3つぐらいの家がトップまわしとる
でも何だかんだで世襲じゃない厳しい修行した僧侶は尊敬されるよね
最近の嫌儲で話題の東京都がcolaboの替わりに支援金渡すの決めた天台宗系の人が関わってる駆け込み寺だっけ?
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%84%E7%A7%80%E7%9B%9B あそこ批判しようとした右翼というかNPOへの税金支出に懐疑的な人ら界隈が、
創業者の玄秀盛を叩こうと掘ってたら千日回峰行した僧侶がバックアップしてると聞いて
「それなら信用できるかも」と批判の矛先が他に移ったでしょ
厳しい修行が真宗仏教にとって価値があるのかとか教学的なことはさておいて
やっぱ世襲坊主神主牧師と厳しい修行した世襲ではない坊主じゃ後者の方が圧倒的に信頼度は高い
因みに日本の牧師も世襲がそこはかと増えてきたらしいぞ
アメリカだと牧師世襲とかあるのかな?
割合的にどのくらいだろ
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