パワハラ被害者は「40代男性」が圧倒的に多い
<全ての社員が家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。
そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり苦しめたりしていいわけがないだろう。>

これは厚生労働省が設置した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」のワーキンググループが、2012年1月に公表した報告書の最後に書かれていた言葉です。

まったくもってそのとおりだなぁとつくづく思いますし、「私」たちは労働力を提供しているのであって、「人格」を提供しているわけじゃない。
なのに、「人を傷つけずにはいられない人」が一向にあとを絶ちません。

さすがに数年前には企業のあちこちに巣くっていた、

「昔はパワハラなんて、日常茶飯事だったよ」
「そうそう。僕も目の前で上司に原稿破られたりしたよ」
「今だったら完全にパワハラになるんだろうけど、愛があったもんな」
「ある意味ああいう行為って、愛情表現でもあるわけだし」
などと、堂々と「上司のパワハラ」を「愛情だった」と笑いながら話し、懐かしそうに振り返る輩は消えました。

しかし、「愛があればなんでも許される」という間違った価値観は、「パワハラと指導の境界線が難しい」という一見する
と「部下思い」のような言葉に変わり、そのターゲットにされているのが40代です。



日本特有の「いじめ構造」がある
実は傍観者がパワハラを加速させる構造は、日本特有のものと考えられています。「子どもの世界は大人世界の縮図」と言われますが、
1980年ごろから日本も含め世界の国々で、「子どものいじめ」に関する研究が蓄積されました。
その中で、日本には欧米とは異なる独特の「いじめの構造」があることがわかりました。

欧米のいじめでは、「強い者が弱い者を攻撃する二層構造」が多いのに対し、日本では「いじめる人、いじめられる人、はやし立てる人、無関心な傍観者」
という4種類の人で構成される「四層構造」がほとんど。四層構造では強者からの攻撃に加え、観衆や傍観者からの無視や仲間はずれといった、
集団内の人間関係からの除外を図るいじめが多発します。

いわば「集団による個の排除」です。その結果、被害者は孤立し、「自分が悪いのでは?」と自分を責める傾向が強まっていきます。

もちろんこれは、「子どものいじめ」研究の中で確認されたものですが、いつだって子ども社会は大人社会の縮図です。
https://toyokeizai.net/articles/-/682410