いつかの、梅雨が明けるか明けないかの、とても暑い日。創業者の写真が大きく飾られた大会議室で私も、SPI(能力・適性検査)の結果一覧とエントリーシートとをずらりと並べながら、1次通過(○)・ボーダー(△)・不採用(×)の三つの山に「分け」ていた。
部長である採用責任者が、確認のため最後に、×の山をパラパラと見返して、これにて会議終了、となりかけたときのことだった。採用責任者が皆の視線を集めるように声を発した。

 「おいおい、この子、落とすところだったよー。プラチナ住所、気づかなかった? ダメだよこういうのをちゃんと見なきゃ」

 プラチナ住所? 意味がわからなかった。

 「実家住所にさ、○○○ヒルズって書いてあるでしょう?」

 離れたところで作業していた人もいそいそと見えるところに集まる。不合格にすべきでない人をしていたのなら大変な落ち度だ。後学のために皆、真剣に確認する。

 「わお、ほんとだ、失礼しました」と謝る人もいる。すかさず、「これは高級マンションの中でも最高級。ハイソの中のハイソ」と採用責任者。「賃貸でもファミリータイプならここは、家賃は月200万円はしますよね」と相場情報を付言する人までいる。そして、採用責任者はこうとりまとめ、「リーダーシップ」を発揮した。

 「これは親がなにがしだ、ってことだよ。いいか、この『成功者』のご子息、落としちゃだめだよ。面接に呼ぼう。ウチ(の会社)ときっと合うと思うなぁ。評価項目の『カルチャーフィット』(企業文化との親和性)のとこさ、◎に変えておいて」

 私もご多分に漏れず、恥ずべきことだが、その場にいた誰一人、「この採用プロセスって問題ないんでしょうか」とは言わなかった。


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