入隊時の山上の年齢は21歳。奈良県内の進学校を卒業してから3年半程が経過しており、すでに母親は統一教会に入信。相続で譲り受けた土地を次々と売り払い、奇しくも山上が入隊した2日後に破産宣告を受けていた。

「そういう事情のせいか、山上は自動販売機で飲み物を買うこともせず、土日もほとんど遊びに出かけなかった。ごくたまに外出しても、『(母親へ)仕送りするために郵便局に行ってきた』と言って、すぐ寮に帰ってきていました」(同前)

そんな慎ましい生活を送っていた山上の試験成績は優秀そのもの。赤点を取ることも補習を受けることもほとんどなかった。その中でも飛び抜けていたのが“射撃”だった。

「佐世保教育隊では入隊から約2カ月後、たった一度だけ実弾を使う射撃訓練が行われるのですが、山上は64式小銃と呼ばれるライフル銃を見事に使いこなし、200メートル先にある標的に次々と銃弾を命中させていったのです」(同前)

結果、山上は100点満点中90点以上の記録を叩き出し、教育隊同期のトップとして後日表彰を受けることになったというのだ。

「あくまで教育隊の中で行われた非公式なものですが、山上はグラウンドで行われた表彰式で、上官から金メダルを授与されたのです。そのときは真顔で淡々と受け取っていましたが、式が終わってからはさすがにニコニコしており、仲間から『すごいじゃん』と声をかけられると、嬉しそうに『ありがとう』と返事をしていました」(同前)

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