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寄生虫「アニサキス」1億ワットで感電死…熊本大学、4年費やしアジで技術確立

魚介類に寄生して食中毒をもたらす「アニサキス」を死滅させるため、熊本大が電気エネルギーを使った殺虫方法の研究を進めている。アジでは刺し身の品質を損なわずに感電死させる技術を確立した。併せて対象魚種の拡大や、別の寄生虫への応用も目指しており、関係者は「生魚や生肉を安全においしく食べられるようにしたい」と話している。(篠原太)

 長さ2〜3センチ、幅0・5〜1ミリ。白い糸のように見える物体がくねくねと動く。アジやサバなどに寄生するアニサキスの幼虫だ。国は死滅させる方法についてマイナス20度で24時間以上冷凍するか、60度で1分加熱することを推奨している。ほかに目視で除去する方法がある。

アニサキス=国立感染症研究所のホームページから
 刺し身は冷凍すると食感が悪くなり、色あせも早い。除去では取り逃がす可能性がある。冷凍せず消費者に安全な生魚をどう届けるか。水産業界は紫外線やX線、超音波、高圧力などを試したが有効な手段は見つからなかった。

 注目されたのが瞬間的に発生させた巨大電力「パルスパワー」の活用だ。コンデンサーに蓄積した電気エネルギーを一気に取り出す。この技術を研究してきた熊本大産業ナノマテリアル研究所の浪平隆男准教授(電気工学)が、福岡市の水産加工会社からの依頼で、2021年に技術を確立させた。4年を費やしたという。
技術はこうだ。塩水に浸したアジの切り身に電子レンジ10万台分となる1億ワットの電力を瞬間的(100万分の1秒)にかける。約200秒間にわたり、300〜350回繰り返す。電流は一瞬のため、身の温度が上がらず、刺し身の品質を保ったまま殺虫できる。浪平准教授は「感電死なので、加熱死と比べてアジへの影響が小さい」と説明する。

 現在はアジより身が軟らかいサバや、骨が多いサンマ、身が厚いサーモンを対象としている。特徴に合わせて品質とアニサキスの殺虫を両立させる技術の確立を目指す。

 アニサキス以外の寄生虫の殺虫も視野に入れる。シラウオの 顎口虫がっこうちゅう 、ヒラメのクドア、ホタルイカの旋尾線虫などを想定する。馬刺しや、狩猟で獲たイノシシやシカなど野生動物の肉「ジビエ」も寄生虫の恐れがあり、生肉での殺虫技術の確立に挑む。

研究費、寄付募る
 研究費について、熊本大はクラウドファンディング(CF)を活用している。対象魚種の拡大に400万円、魚介類でアニサキス以外の寄生虫への研究に1000万円、野生動物向けなどに1600万円とそれぞれ寄付額の目標を設定した。締めきりは26日。約40日間で計約1100万円が集まっている。

 アジで確立した技術は、依頼した水産会社が活用しており、約2年で数十トンを出荷した。熊本大は今後の研究についても殺虫装置の実用化を目指す。

 浪平准教授は「研究対象を広げることで、生でおいしく安全に食べられる選択肢を残したい。CFで関心が示されれば、現実化の後押しとなり、装置をつくるメーカーが出てくれることにも期待したい」と力を込める。
食中毒の6割566件
 アニサキスによる食中毒は増加傾向にある。厚生労働省によると、届け出項目にアニサキスが加えられた2013年は88件だったが、22年には566件となり過去最多となった。

 22年に国が把握した食中毒の報告数は全部で962件。アニサキスは6割近くを占め、カンピロバクター(185件)やノロウイルス(63件)を上回った。

 ただ、実際のところ、アニサキスでの食中毒の患者数はさらに多いとみられる。

 国立感染症研究所の杉山広・客員研究員(寄生虫学)がレセプト(診療報酬明細書)に明記された病名を解析。10年前後の患者数は年間で推計約7000人だったが、17、18年は約2万人に増えた。アニサキスが食中毒の原因物質に加わったことや、芸能人がアニサキスで食中毒を発症して認知度が上がり、受診が増えたことが大きいという。

◆アニサキス= 様々な魚介類に寄生する。刺し身などの生食で人間の体内に入り、胃や腸に激痛を起こし、食中毒の原因となり、内視鏡で幼虫をつまみ出す治療法が一般的。海洋生物の体内を移動しながら成長、クジラなど大型哺乳類の体内で成虫となる。