参院「手書き速記」が134年の歴史に幕 速記者は「一抹の寂しさが」(デイリー新潮)
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明治23年に召集された第1回帝国議会から会議録の作成を支えてきた手書き速記制度が、参議院で幕を閉じた。およそ20年にわたって本会議場の演壇下で速記者を務めた、海内由梨菜さん(39)に話を聞いた。

【写真を見る】まさに職人芸! 演壇下で速記を行う様子

「議場への出場機会がなくなることには一抹の寂しさを感じます。けれど、高校時代に目指した職業に就いて、日々、努力と研鑽を重ねてきました。出場の際は毎回、緊張していましたが、立法府の議事をこの手で書き留めてきた経験は私の誇りであり、財産です」

2年間の養成期間

制度が廃止されるに至った理由のひとつは、新型コロナウイルス感染症対策だったという。議場への出場は2人一組で、速記は5分毎の交代制。飛沫による感染が懸念されたため、別室におけるパソコンでの入力に切り替えられた。ちなみに約80人が在籍する手書き速記者は、8割ほどが女性だ。

速記は独特の記号を用いる一種の職人芸。それだけに、手書き速記者になるには平成19年まで運営されていた「参議院速記者養成所」において、2年にわたって知識と技術を学ぶ必要があった。

受験資格は高校卒業見込みか、卒業後1年未満の既卒者とされ、世田谷区の二子玉川に設置されていた校舎の近くには、地方出身者向けの寮も併設されていた。

「私がこの仕事を志したのは、高校時代、校内の壁に張ってあった“速記者募集”というポスターを目にしたのがきっかけ。国語が得意科目だったこともあり、“やってみたい”と。高校卒業間際に養成所を受験。入所の時はうれしかったですね」

試験科目は時代に応じて変化したようだが、

「平成16年以降は国語と英語の学科のほか、同音異義語、片仮名文を漢字仮名交じり文に直す白文、誤字訂正、朗読書取という適性試験が課せられていました。合格すると、次は面接と身体検査がありましたよ」

速記者の間でも謎な半紙使用の理由

手書き速記者たちが使用するのは、シャープペンシルと書道用の半紙だ。

「シャープペンは、入所の際に配付された製図用を使ってきました。芯の種類は人それぞれですが、私はB。これより硬いと芯が紙に引っかかって、破けてしまうことがあるからです」

半紙が用いられる理由は速記者の間でも謎だという。

「養成所の頃から半紙をノート状にとじたものが配られていたので、とくに疑問も持たずに使ってきました。ただ、速記の際は紙と机の段差が小さいほど書きやすいので、あの薄さが重宝されてきたのかもしれません。出場の際に“これくらいかな”と、使う量を用意するのですが、予想より議事が込み入った時は足りなくなって、やむなく紙の裏側を使ったことも。あの時はちょっと焦りましたね」

衆院では手書き速記が継続

現在、海内さんたちは議場をモニターで見守りつつ、タイピング入力で会議録の作成や編集に励んでいる。

「手書きからキーボード入力に変わりましたが、いまも正確な会議録作りに努めています。国会でどのような審議が行われたかを後世に伝える大切なものですから、今後もしっかり職責を果たしていきたい」

一方、衆議院では今後も手書きによる速記が続く。

「平成23年から音声文字起こしソフトなどの利用も始まっていますが、正確な会議録の作成のため、今後も手書き速記者の出場は継続されます」(衆議院広報)

長らく参議院を支えた技術とその精神は、形を変えながら受け継がれていく。

「週刊新潮」2024年2月15日号 掲載