江川ほーじん

1982年(昭和57年)、ファンキー末吉らのアマチュアバンド「爆風銃(バップガン)」に途中加入。 直後にファンキー末吉の誘いにより、「スーパースランプ」に在籍していたサンプラザ中野、パッパラー河合とともに「爆風スランプ」を結成。ベースおよび作曲を担当した。

1989年(昭和64年/平成元年)初頭に、爆風スランプのプロデューサーであった新田一郎と音楽活動方針を巡って対立し、人気の絶頂期にあった爆風スランプを脱退。なお、この出来事により辞めていく江川の姿をなぞらえ、サンプラザ中野が作詞したのが「Runner」である。

20数年ぶりに集結した爆風銃のメンバーたちと再始動へ向けて準備を進めていた。

2018年12月、交通事故により意識不明の重体となる。

2022年6月15日現在も自ら動くことはできない状態であり、ステージへの復帰は絶望的であるが、リハビリを開始している旨が「江川ほーじん募金 連絡委員会」より発表され、昏睡状態からは脱した模様である。