岸田首相襲撃1年「なぜあんなことを」 複雑な思い抱えたままの地元

岸田文雄首相が衆院補選の応援で訪れた演説会場に爆発物が投げ込まれた事件は15日で1年となる。現場となった和歌山市の雑賀崎(さいかざき)漁港は「日常」を取り戻したかのように見えるが、地元民からは「悪いイメージ」の定着を懸念する声が上がる。「なぜあんなことを」。犯行動機もまだ見えておらず、気持ちに区切りがつかないままだ。

海沿いの丘陵に民家などの建物が立ち並ぶ雑賀崎周辺。その景観がイタリア南部の世界遺産・アマルフィに似ていることから、「日本のアマルフィ」として観光客らに人気がある。同漁港では、戻ったばかりの漁船から一般客が新鮮な海産物を購入できる直売も行われ、開催時は買い求める人らでにぎわう。

「こんな田舎で平和な場所なのにイメージを悪くした。事件があってから、雑賀崎のことを外に話しづらくなった」

雑賀崎漁協の組合長、浜田光男さん(77)は事件の影響についてこう話す。

事件当時、浜田さんは演説会の運営側関係者として首相の近くにいた。木村隆二被告(25)=殺人未遂罪などで起訴=が投げ入れた爆発物は、破片の一部が約60メートル離れた場所から見つかるなど、殺傷能力の高さが確認された。

浜田さんは「たまたま大きなけがをする人はいなかったが、会場にいた全員に命の危険があった。(被告は)不満があるにせよ、なぜあのような方法を取ったのか今も想像がつかない」と振り返る。

漁港は、さまざまな選挙の演説会場になってきたが、首相が訪れるのは特別な機会だった。浜田さんは「首相の話を直接聞けるだけでなく、雑賀崎を広くアピールできるはずだった。事件で貴重な機会が潰され、悪いイメージになってしまった」と声を落とす。

事件から1年。「普段の生活では、もう事件を意識することはない」と浜田さんは語る。ただ、捜査関係者が現場を訪れることもあり、今も事件が続いていることを意識せざるを得ないという。

雑賀崎地区に住む60代の男性は「事件から1年が経っても(被告が)何を目的にあんなことをしたのかよく分かっていない。状況が前に進んでいないと感じる」と漏らす。公判の見通しは立っていないが、「(被告が公判で)どんなことを話すのか知りたい」と話した。(小泉一敏)

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