>>364
これ橘玲のコラムが近いと思う

左派(レフト)の理想主義の「敗北」
2024年12月20日

ブレグマンの主張の問題は、人間の本性を「利己性(善)」と「利他性(悪)」の単純な二元論で説明しようとすることだ。だが「現代の進化論」は、そもそもこのような主張をしていない。

人類は、哺乳類はもちろん霊長類のなかでも「徹底的に社会的な動物」として特異な進化をとげ、向社会的な感情を発達させてきた。ひとは一人では生きていけないのだから、もともと協調するように「設計」されている。

そのため無人島でもキャンプ場でも、あるいは模擬刑務所で看守役と囚人役に分かれても、なにもしなければ自然に協調行動をとる。ここまではブレグマンのいうとおりだ。

だがそれと同時に、利害が対立したときには徒党を組み、「俺たち」と「奴ら」に分かれる強固な「ヒトの本性」がある(これには性差があり、とりわけ男に顕著だ)。こうして、「俺たち」が協調して「奴ら」を殲滅しようとする。

参考:人間の本性はアリに似ている

さらには「俺たち」のなかでも、集団のアイデンティティと一体化して滅私奉公するだけでは、性愛を獲得して自分の遺伝子を後世に残すことができない。共同体のなかでは地位をめぐる熾烈な競争が行なわれており、「協調しつつ権力闘争する」という複雑なゲームが行なわれている(地位をめぐって競争するのは男女とも同じだが、ゲームのルールには性差があるだろう)。

すなわち、ヒトは利己的であると同時に利他的でもあり、善悪二元論でどちらが「本性」か議論することに意味はない。