音響監督・音楽プロデューサーの長崎行男氏によると、2019年以降新人声優のデビュー数はほぼ0に近い状況だという。一方で声優に憧れる人は数多く、専門学校や養成所を目指す人は後を絶たない。

新型コロナが閉ざした声優への道

声優業界の状況は新型コロナの流行以前と以後とで完全に変わってしまった、というのが僕の実感です。一番顕著な変化は、2019年の年末からの新型コロナ流行以降アフレコの常識が変わってしまい、その結果新人声優が全く現場に立てていないということに尽きます。業界側の新人受け入れ態勢が完全に停止してしまっているのです。

そして、その情報が行き渡っていないために、声優になることを目指して養成所や専門学校に通う人は今も後を絶ちません。この2年間、卒業してもほぼデビューできないという結果が出ているにもかかわらず、です。

新人が現場に立てなくなった2つの理由

新型コロナが流行することでどうして新人のデビューが不可能になったのか。それには大小2つの理由があると僕は考えています。

1つ目の理由は、現場が新人のスキルアップに時間を割けなくなったことです。

新型コロナ流行以前の30分番組のアフレコには、主に午前帯(10時から15時)と午後帯(16時から21時)の2つの枠がありました。この5時間の枠のうちだいたい3、4時間程度を使って15人から25人くらいの役者が収録スタジオに一堂に会して収録する、というのが一般的な収録スタイルでした。

そういった現場ではベテラン声優も昨日まで養成所に通っていたような新人声優も同じ場にいます。若手にとっては大先輩の素晴らしい演技や、時には彼ら彼女らが失敗をして、それをどういう風にリカバリーするのかを間近で見聞きすることができました。その体験から得られるものが非常に大きかったのです。さらに、仮に脇役だったとしても単発出演ではなく番レギュ(番組レギュラー)になりさえすれば、第1話から最終話まで毎週3、4時間、現場にいて、身近に見て学ぶことができ、それが相当な勉強量になっていました。

コロナ禍で3密回避のアフレコに

ところが、そういった新人にとって学びのあるアフレコ環境は新型コロナの影響でなくなりました。なぜなら、アフレコ現場は防音のため非常に密閉された狭いスタジオ内に声優が密集しており、マイクを囲んで密接して大きな声を出すという、まさに「3つの密」を体現したかのような場だったからです。3密回避のため、今は多くても4人、少なければ1人や2人という単位でアフレコをしています。

特にベテラン声優はご高齢の方も多いですから、事務所側から「他の人とは一緒にアフレコさせないでください」というオーダーが出ている場合もあります。その場合はその方だけ先に抜き録り(他の声優との掛け合いなしに1人で収録をすること)をし、次に掛け合いの多いメインキャストを呼んで1時間や1時間半くらい使って収録をし、最後にいわゆる脇役、ガヤ(学校内や街中などの、主役級ではないその他大勢によるがやがやした声)要員と言われる新人声優の人たちが来て1人ずつ一言二言の台詞を収録する、というような流れになりました。

するとどうなるか。当然、新人声優は自分よりキャリアとスキルがある先輩声優と現場を共にする機会がなくなります。それによって、せっかくデビューできたにもかかわらず本来できていたはずの学習ができず伸び悩んでしまい、能力的にそこ止まりになってしまう、ということに陥りやすい環境になってしまったのです。

ただし、これは声優のマルチタレント化や視聴者に好まれる作品内容の傾向など複数の要因によって以前から徐々に進行していた変化でした。決定的だったのは新型コロナの影響ですが、仮にそれがなかったとしてもそういった状況はどんどん顕著になっていたことでしょう。

また、これは既に現場に立っている新人の学習機会に関することですから、新人がデビューできなくなった直接的な理由ではありません(実際には、以前は「技術的にはいまいちだけど何か光るものがあるからとりあえず現場に立たせてみよう」という判断もあり得ましたし、それが見込めなくなったという意味で直接的な理由の一つでもあるのですが)。

新型コロナはもっと直接的な理由で新人デビューの機会を消し去ったのです。

https://news.yahoo.co.jp/articles/87174218e5c03930a32848838045a7502f376fec