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「銀歯」原材料の高騰一服 歯科医の悩みは消えず
制度の矛盾 解消議論に

虫歯の治療に欠かせない「銀歯」。その原材料の貴金属価格の変動に歯科医が頭を悩ませ続けている。政府の決める治療費は改定に時間がかかるため、銀歯の仕入れ価格が治療費を上回る状況が長く続く。貴金属相場には足元で一服感が出てきたものの、状況は大きく改善していない。制度の矛盾解消に向け、ルールの見直しを求める議論も始まった。

銀歯は正式名称を「鋳造用金銀パラジウム合金」と呼ぶ。銀のほか、銀より高価な金とパラジウムを含んでおり、特に含有率が2割と多いパラジウムの高騰が歯科医の窮状を招いている。

パラジウムは主にガソリン車の排ガス触媒に使う貴金属だ。ここ数年、欧州や中国などで環境規制が強まり触媒需要が急増した。

パラジウムの国際相場は今年5月に一時1トロイオンス3019ドルを記録し、史上最高値を更新。足元では約1年ぶり低水準となる2000ドル近辺まで大きく下がり、高騰は一服しつつある。東南アジアでの新型コロナウイルスのデルタ型の感染拡大に伴う半導体不足など、サプライチェーン(供給網)問題から自動車生産が滞り、売りが膨らんだ。ただ、金融・貴金属アナリストの亀井幸一郎氏は「パラジウムは取引量が少ないため変動が激しくなりやすい。感染状況が落ち着いたら再び高騰する懸念は残る」と話す。

高騰一服でも、歯科医の表情は晴れない。政府が決める治療費が相場の急変動を迅速に反映する仕組みになっていないためだ。銀歯の公定価格は基本的に2年に1度の診療報酬改定に合わせて決まる仕組み。半年に1度などの一定間隔で、大幅な原料価格の変動があった場合に価格を見直すルールは既にある。それでも、相場急騰のスピードの速さに全く追いつけていないのが現状だ。

実際、パラジウムが急騰局面にあった今年4月、半年後の10月までの公定価格の据え置きが決定。貴金属の変動幅が見直しの基準に届いていないと見なされたためだ。そのためこの半年間、仕入れの実勢価格と公定価格の差が開き、歯科医にとって赤字となる「逆ざや」の状況が続いていた。

「医師や歯科医師は患者から診療を求められた際に正当な理由なしに拒否できない『応召義務』がある。なのに治療をするほど赤字が膨らむ。こんなにおかしな状況はない」。岡山市の歯科医師の暮石智英さんはこう憤る。

「抜本的な制度そのものの検討が必要ではないか」――。2022年の次期診療報酬改定に向けて、7月21日に厚生労働省が開いた中央社会保険医療協議会(中医協)の総会では、「歯科用貴金属の価格改定」が菅義偉首相が力を入れる「不妊治療の保険適用」などと並び個別のテーマの1つとして議論された。出席した日本歯科医師会常務理事の林正純委員は「貴金属の激しい価格変動を反映するには、現在の後追いの仕組みでは限界がある」として見直しを求めた。

神奈川県保険医協会の高橋太事務局次長は「根本的な制度の矛盾解消に向けた議論が始まったことは大きな一歩」と話す。ただ、現行制度をどのように変えれば「逆ざや」が頻繁に生じず、患者の負担も重くならない仕組みを作れるのか。解決策はまだ一つに定まっていない。今後の議論では、歯科医師側がその「答え」を提示する必要がある。