横浜市内で暮らすトシさん(仮名)は、いじめがきっかけで14歳の中学2年の時から不登校になり、26歳まで10年以上のひきこもり生活を送りました。「中学校と同級生が、自分を部屋に閉じ込めた」と語ります。30代後半を迎える今もなお、社会との違和感を抱えています

夏休み明けに不登校に 同級生が怖く、家でも身を縮める

 中学2年の夏休み明け、とうとう登校できなくなり「おなかが痛い」「体調が悪い」と理由をつけて休み続けました。驚いた母親は毎朝、「朝だよ! 起きて! 起きて!」と叫びながら、息子の布団を剥がそうとしました。しかしトシさんは動けません。

不登校児になりビデオを見たり、読書をしたり。「だから数学や英語など、中2で止まっている知識がすごく多いです」。
用事ができてやむなく中学へ行く時は、顔も上げられず「視野が真っ黄色になって、吐きそうになりました」

そんなトシさんを面白がって、同級生たちは家をのぞきに来ました。友人や家庭訪問に来た先生から「みんながどれだけ迷惑していると思ってるんだ」と責められもしました。
当時はやっていたテレビドラマや音楽は、同級生が同じものを楽しんでいると思うと、見たくも聞きたくもありません。
ゲームですら「同級生に見つかったら『学校を休んでゲームしている』と言いふらされる」という恐怖がつきまとい、日が暮れて雨戸が閉まるまで、電源を入れられませんでした

母親には「負けるもんか、こんちくしょうと思わないの?」と言われましたが、
トシさんに戦う力など湧いてきません。高校に進学しても、彼らは登下校の電車でトシさんに偶然会うと、友人にわざと「トシはいかにおかしなやつか」を声高に語ったのです。電車にも乗れなくなり、1年ほどで退学。ひきこもり生活が始まります。

父親は、貧しい中で大学を卒業した、真面目で勤勉な人物です。それだけにひきこもりの息子は、理解し難い存在でした。

 「なぜ五体満足なのに、そんなことをしているんだ」
 「俺たちは、毎日頑張ってるのになあ」

 父親の嘆きを聞くたびに、トシさんは「もっともだ」と思い、自分を責めました。母親も始終、泣いたり怒ったりしました

 「どん底」だった22歳の時、自分をさらに痛めつけるかのように、中学の卒業アルバムを開きました。「中学と同級生が自分の運命を変え、この部屋に閉じ込めた」。
激しい憎しみが噴き出し、アルバムを何度もたたいた後で壁に投げ付けました。壊れたアルバムからクラスの同級生の写真を探し、目を刺して捨てたといいます

トシさんは休職中の2016年ごろから、当事者の自助グループや対話の会に顔を出し始めました。

翌年には仕事を再開。過去の失敗を踏まえ、時間にゆとりのある週4日勤務を選びました。
一人暮らしを始め今は家計のやりくりも覚えて「安いパンの耳やもやし、半額のお総菜などを買っています」と笑います

それでも、自分はまだ「ひきこもり」だという思いを捨て切れないといいます。

https://dual.nikkei.com/atcl/column/17/011700159/032300002/